1・運命は眠っている

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1・運命は眠っている

 私はジュリアーノ・アレッサンドリ。  金髪に灰色の瞳。ローマ郊外の屋敷に住む、二十四歳の青年だ。  私は闇の中で眠っていた。  ここはローマの地下神殿だ。  周りの闇と静寂に包まれている。  安息の眠り。  それがひとときのものでも、かまわなかった。  石で出来た古代の王座に座り、両の腕をひじかけに乗せて、私は目を閉じて眠っていた。  何も見ないように、聞こえないように、自分を閉ざして。  どれほどの時間がたっただろう。  暗闇の中、神殿の静寂を破ったのは、少年の声だった。 「ジュリアーノ、帰ろう」  小さな手が、私の肩を軽くつかんで、揺さぶってくる。 「家に帰ろうよ、あの緑の館に帰ろうよ……」    カルロ?  まさか……。  しかし、確かにカルロの声だ。  私はゆっくりと目を開けた。  見れば、地下室で置き去りにしたはずのカルロが、私の目の前にかがみこんでいた。  彼の年齢は十三歳、茶の短い髪に緑の瞳。  泥だらけのTシャツにジーンズ、スニーカーの姿だ。頭にライトのついたヘルメットをかぶっている。  普段から愛らしく、元気はつらつとした子だ。  彼の心配そうな顔が、目覚めた私を見て、ほっとゆるんだ。  私はカルロを見つめ、信じられないような気持ちだった。 「カルロ……いけない……」  すまない、と思った。  まさかカルロが、逃げた自分を追いかけて来るとは思わなかった。    嬉しそうにカルロが笑顔を向けてくる。 「良かった! 目が覚めたんだね。ジュリアーノ。俺、あなたを迎えに来たんだよ。一緒に地上に帰ろう」  カルロが屈託なく笑いかけてくる。  私の中で愛しさと、切ないまでの後悔がないまぜになった。  この小さな少年はどれほどの勇気を出して、地下神殿の私のところまで、たどりついたんだろう。  この子がついてこないように、身を切るようにして振り切ったのに。  自分の運命に巻き込まないように願ったのに。  もう遅い──。  もう引き返すことは出来ない。  私の胸にせりあがる愛しい気持ちは、すぐに真っ暗な感情に塗りつぶされてしまった。
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