mirror

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ミラーに映った自分の姿。 口元を弓形に歪ませ、微笑む。 勝ち誇ったかのように、毎夜、毎夜・・・・・・。 「さぁ、今日も金儲けするか」 遊園地の中にある広場の一角。血のように赤いテントの中で行われるイリュージョン。私の得意なイリュージョンは“瞬間移動”だ。タネなんて本当に簡単、単純。まんまと騙される観客たちに笑いが止まらない。今日もお札を一枚、私に捧げていく人々。本当にアホな奴らだ。 「ウワァァァァーーー!!」 と歓声が上がる中、私は真っ黒なベストに身を包んで舞台に現れる。まばゆい照明を浴び、得意げに右手を掲げると、舞台に出てくる虹色のオーガンジーを纏った美しい娘。その娘は私の指示にあわせ、長細い黒い箱に入り込む。私はそこの扉に頑丈な鎖と、銀色の南京錠をしっかりと掛ける。扉が開かないかどうか、お客に見せつける。そして、娘が今しがた入った箱をぐるんぐるんと回転させ、何の仕掛けがないことをまた見せつける。 舞台の向こうの観客たちの顔は、期待と不安に満ちあふれている。この顔を見る瞬間が好きだ。二番目に。もちろん、一番は・・・・・・。 私がもう一度右手を掲げると、 「3・2・1!」 とカウントダウンをする。 フッと一瞬暗くなる舞台。ざわっと観客が騒ぎ出すと、私はパッチン!と指を鳴らす。白色の照明が、観客の最後尾を煌びやかに映し出す。 そこには、さっき箱の中に入った娘が立っている。虹色の衣装を輝かせながら。白妙の肌を艶やかに光らせながら。 「ウワァァァァーーー!!」 最高の歓声がテントを揺らす。そして、私はさっき娘が入っていた黒い箱の南京錠を外し、扉をパッと開け放つ。案の定、中身はもぬけの殻。その光景を見た観客は、再度、驚嘆の歓声を上げる。この歓声が一番好きだ。湧き上がる歓喜の嵐の中、私の心はせせら笑う。 今宵も上手くいった。今宵の舞台も愉快でならない。こうして、最高の金儲けは、今夜も無事に幕を下ろしたのだった。 「本当にあなたは悪い人ね」 楽屋の中、同じ顔をした二人がほくそ笑む。 「騙される方が悪いのだ!はははっ!」 虹色の衣を着た二人。双生児の二人。観客はこの真実を知ることなく、毎夜、歓喜するのだ。タネなんてない。タネのない瞬間移動イリュージョン。ただ単に双生児が入れ替わっているだけ。それだけで私は金儲けをしているのだ。こんなに美味しいことはない。 私は革張りのスケジュール帳を捲る。 「明日の公演が終わったら、ついに海外進出だ。もっと、もっと、金儲けができるぞ!ふははははっ!」 次の日の月夜。 今夜はあいにくの雨だった。ザァァッ!ザァァッ!と、雨粒が真っ赤なテントの頭を激しく叩く。こんな不気味な雨夜でも、私には関係がない。変わらずに金儲けをするだけ。 今宵も変わらない最高の歓声。一番好きな歓声を身体中に浴びる。私の胸を躍らせ、体を震撼させる声。雨音は激しさを増すのに、いつもの歓声は変わらずその音さえもかき消す。 私は最高の興奮を抱えたまま、楽屋でスケジュール帳を見ていた。 その時、目先を何かが横切る。妙な気配を感じる。まるで、部屋の空気が一瞬で凍るような・・・・・・。 バッ!と顔を上げ、壁面のミラーを見る。 「なんだ・・・・・・自分が映ってるだけじゃないか」 深いため息を吐いて、目線を手帳に戻そうとした時。体がピシッと固まって、冷たい汗が背中をツーッと撫でおちた。 えっ・・・・・・さっき、ミラーに映った顔って、も、もしかして・・・・・・。 おそるおそる顔を上げていく・・・・・・。 「うわぁぁぁぁ!!」 映し出された顔を見て、思わず一歩後ずさる。そこには、私と瓜二つの顔。それは顔のパーツの作り、位置は全く一緒であるが、一つだけ違う部分がある。それは・・・・・・左の眉毛の上にある傷。干からびたミミズ腫れみたいな傷痕。 「どうして、どうして、お前がそこにいるんだ!」 ミラーの中の、同じ唇が弓形を描く。 「兄さん。久しぶりだね」 「お、お前は、三年前に死んだはずだ!」 「兄さんが僕を殺してね?」 「そ、そうだ!た、たしか、あの熱帯夜、お前と酒を呑んで盛り上がって、酔い潰れたお前を刺して、それで、燃やして殺したはずだ。私の家で」 「あんまりだよ、兄さん。あの夏の夜、久しぶりに兄さんとお酒が呑めて、すごく楽しかったんだよ。まさか、僕を殺して人生そのものを奪って、金儲けするなんて」 「し、仕方ないだろ? お前はマジシャンとして成功していた。私なんか何回練習をしても、お前の足元にも及ばなかった。悔しかった。憎かった。お前に嫉妬していたんだ!」 「だからって、実の弟を、双子の弟をよく殺せたもんだ」 じっと見つめる視線は同じ目をしているのに、その奥底にある怨念が深く胸に突き刺さる。 「お前が悪いんだ!私をいつも哀れんだ目で見るから!!」 近くに置いてあった花瓶を掴み、ミラーに向けて投げつける。 バッリーン! 同じ顔にヒビが入り、それを境目に亀裂が入って、顔をぐにゃりと歪ませる。その切れ目から流れ落ちる血の液。したたり落ちる赤が、床を染め上げていく。同じ顔に刻まれる一直線の傷痕は、溢れ出す血を止めることはできない。 「うわぁぁぁぁーーー!!」 私は楽屋を飛び出す。急いで急いでアスファルトを蹴り上げる。 弟が、殺した弟が、ミラーの中にいた。なぜだ? なぜなんだ?!  心臓が爆発しそうなぐらい速い。早く逃げるんだ。私は明日からもっと金儲けをするのだから! パッシャーン!と弾ける水しぶき。 「逃げても無駄だよ。兄さん」 そこには泥にまみれた水たまりがある。映り込む同じ顔。その顔の左の眉の上には、今にも動きだしそうなミミズ腫れ。私とお前を唯一判断できるしるし。それは、手術したのだと誤魔化したのに。 「私の邪魔をするな!」 顔を力一杯踏みつけ、私は全速力で走り出す。 弾ける血しぶき。 「ここまでこれば大丈夫だろう・・・・・・」 私は遊園地の簡易トイレに駆け込んだ。 「はぁ、はぁ、ここには鏡も水たまりもない。はははっ・・・・・・」 ふうっと息を整えようとした時、 ギィッと洋式の蓋が開いた。 蛇のように伸びてくる肌色の腕。  ガッと掴まれた頭。 頭蓋骨がギシギシ悲鳴を上げる。 引きずり込まれる水の中。 一瞬、映り込んだ同じ顔は嘲笑うかのよう。 あの夏の日、アイツは同じように笑っていた。 燃え盛る身体のまま、気味悪く嘲笑っていたんだ。 水飛沫が上がると、入れ違いに飛び出る同じ形状のからだ。 「ありがとう。兄さん」 その不気味な声が聞こえると、 私は夜闇の底へと墜ちていったのだった・・・・・・。 パタン! 【完】
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