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書類を片手にツカツカとこちらのデスクに詰め寄るお局様から名前を呼ばれ、ハッと意識を取り戻す。
「あ……はいっ!」
「この売上報告書、作成したのってあーたよねっ?!」
「そ、そうですけど……」
「誤字脱字だらけじゃないの!!」
バン、とデスクに書類を叩きつけられ、周りの社員たちからも一斉に注目を浴びる。
「あっ……!」
「いい加減な仕事はしないでちょうだい!!」
お局様の甲高い怒鳴り声が、惨めな自分をさらに責めたてているみたいだ。「お前はバカだ」……と。
「す、すみません、すぐにやり直しますから……!」
そうして慌ててパソコンに向き直った時、鼻の穴から息を吐いたお局様が綾乃を見下ろしてつぶやくのだ。
「ふん、まったく………男にウツツ抜かしてるからこんなミスするんじゃなくって?」
「……っ」
「だいたいからっ、あの桐矢くんとあなたなんかがどうして……! ブツブツ……」
そんな嫉妬から来るやっかみですら、何も引っかかることもなくストンと胸の奥深くへ落ちていく。
「(そうだね、どうして……私、なんだろう)」
怒り肩で自分のデスクへと戻ろうとするお局様の背後で、綾乃は席を立ち上がった。
「そうかも……しれませんね」
「……え?」
振り返ったお局様と目を合わせることすらできない綾乃は、もう自分の意思で止められそうにないその涙の行方をオフィスの外へ向けた。
「すみません、私……私っ……!」
「……あっ! ちょっとあーた、どこ行く気?!」
目に涙を浮かべたままオフィスを飛び出していく綾乃を遠目から見ては、光里はクスッと密かに口角を上げるのだった。
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