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——ちょうど同時刻。
仕事の合間にひと休憩入れようと、葵は制作部のオフィスを出たところだった。
そして、少し歩いた先の廊下に設置された自販機の前に立ってポケットの中の財布を探っていた時、突き当たりの廊下を走り去っていく人影が視界に入り、その手が止まる。
「(あれ? 今のって……)」
目の端で捉えたよく知る人影を追いかけた。
そして——。
「おいっ! 綾乃!」
その腕を掴まれ、足を止めて振り返った綾乃の顔は拭いきれない涙で濡れていた。今までに見たこともなかったその顔に、葵は無意識に掛ける言葉に迷う。
「あ……!」
腕を掴まれたまま葵の顔を見るや否や、綾乃はすぐさま目を逸らした。
「……なんで泣いてんの?」
「な、何でもない……ほっといて!」
「はぁ?! ほっとけるわけが——」
「私がバカだから……バカだから、恋愛も仕事も中途半端でっ……!」
話がまったく見えない葵は、しばらくその横顔を見つめる。
「……何言ってんの? ちゃんとわかるように話せよっ」
「私は……光里ちゃんの『二番煎じ』……」
「え?」
一度口から溢れ出たものは、もう留めてはおけない。
「葵……私にする時みたいに、あの子のことも抱いてたんだね。何度も、何度も……あの子が尽き果てるまで、何度も……!」
掴んだ腕が、かすかに震えている。
「……あの子がお前にそう言ったのか?」
その質問に、綾乃は否定も肯定もせず口を紡いだ。その代わり、次に出たのはただ、震えた声だけだった。
「私……葵のこと、好きだよ。好きだから、信用もしてる」
「………。」
「でもね、どうしようもなく好きだから辛いの……っ!!」
「綾乃……」
葵の顔も直視できない綾乃は、腕を掴まれたままその背中を向けて言った。
「ごめん、今日はもう何もまともにできそうにない……。こっちから連絡するまで、しばらく待ってて欲しいの」
その後頭部だけをしばらく見つめる葵。何があったのかをだいたい察してしまった以上はもう、追及も弁解もできない。
綾乃の泣き顔を見てしまった今は、もう……。
「………わかった」
そうつぶやくように答えて腕を掴んだ手の力を緩めると、綾乃はスルリと抜けて行った——。
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