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——その日の夜。
仕事を終えたばかりの光里は、すっかり夜の賑わいに染まった繁華街を走り抜けていた。
息を切らし、はやる胸を押さえ、仕事の疲れなどものともしない足取りで……。
「あ、ねぇねぇキミ! イケメン好きそうな顔してるねー!! どう?! うちのお店でイケメンたちと——」
人混みの中、声をかけてくる派手なホストの男になど見向きもせず、その足はある場所だけを目指していた。
ただひたすら、ひたむきに——。
「——葵くんっ!」
そこは少し敷居の高そうな、日本料理店。
急いで身だしなみを整えて、何度か深呼吸をしてから個室の引き戸を開いた。その座敷内で光里を待っていたのは、掘り炬燵に座って水の入ったグラスを口に傾ける葵の姿だった。
「お疲れっ」
そう言って笑って出迎えてくれたのは、光里が何年も追いかけ、何度も何度も恋焦がれてきた「忘れられない男」その人なのだ。
「葵くんの方から誘ってくれるなんて……私、嬉しくって残業断ってきちゃった!」
いそいそと中に入り、その向かいの席へと腰を下ろした。そして落ち着きのない視線を上げた先には、光里を見つめる涼やかな優しい笑顔。
「そっか……あ、ごめんね? こんな個室の店なんかに呼んじゃってさ」
……その顔と声を真近に感じるだけで、いちいち胸がときめいてしまう。
「そ、そういえば……そうだね」
周りに誰も存在しない、想い人と二人だけの狭い空間。
緊張で声が少し震えてしまう光里に、葵は持っていたグラスを静かに置いて話し始める。
「光里が入社してきて以来、なかなか二人でゆっくり話せる機会もなかったじゃん? だから二人きりになれる場所を選んだんだけど……ダメだった?」
そう言って試すような目に見つめられ、胸の鼓動がいよいよ高鳴り始めた。
「……ううん、そんなことないっ……!」
ドキドキドキドキ……
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