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思い出し笑いをしながら話すその内容は、光里を真面目に困惑させるだけだった。
「なんなのそれ……ゲップって……」
「だからさ、アイツって基本的に誰に対しても悪意ってものがないんだよね。自分の気持ちを優先して、誰かを傷つけたりするような真似だけはしない女なんだ。そういうとこなのかな? 俺が綾乃を好きな理由って……」
返せる言葉など、もう何もなかった。
葵には、心の隙間は1ミリも存在しない。そう、それはたとえどんな手を使ったとしても。戦意喪失とは、まさにこんな感じなのだろうか。
そして……
一点を見つめたまま微動だにしない光里に、葵は背中越しに言った。
「それとさ、光里」
「え……?」
「綺麗になったのは本当だよ。だから……3年も自分のこと潰してないで、早く前に進めよ」
それだけ告げると、静かに引き戸の外へと出て行った踵。足跡すら残さず遠のいていく、燃えるように愛した男の背中。
すぐにやってきた静寂は、ただひたすらに、光里の胸を締め付けて涙を促す。
「……ズルイよ、葵くん。あなたがそんなだからまた好きになっちゃうんでしょ……っ」
光里はしばらく、個室に一人留まっていた。何度も何度もしゃくり上げるその肩が、落ち着くまで——。
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