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夏休みが終わって秋が過ぎ、クリスマスやお正月も過ぎて、舞琴は煌耶と色んなところに出掛けて、思い出も沢山増えた。
そのうち、バイト先でも二人が付き合っていることは仲間の耳に入り、煌耶に関しては、舞琴と付き合い始めてかなり垢抜けたので、揶揄われることも増えた。
けれどそれと同じくらい、気を遣って貰えることも増えて、二人で休みを合わせやすくもなった。
そしてバレンタインも過ぎて春になり、舞琴が高校3年になると、卒業後の進路について色々と考えるようになった。
「煌耶くんは、どうやって進路決めたの?」
「俺?俺は参考にならないよ」
バイト前にカフェで待ち合わせをして、ケーキを食べながら参考書を開くと、煌耶は大学のレポートを書きながら困ったように笑った。
「将来やりたいこととか、まだ決まってないの?」
「そうだね。俺の場合は、あんまり考えないで大学に入っちゃった感じだね。だから就活までに色々やることが多いんだよね」
「高校で先々のことまで考えてから、大学に進学できる人の方が少ないよね、きっと」
アイスティーを飲むと、一口ちょうだいとねだる煌耶の口にフォークで切ったケーキを運んで、舞琴は周りから向けられる視線に、新しい悩みを抱えていた。
そう。煌耶に向けられる、女の子たちからの熱い視線。
煌耶は舞琴と付き合うようになってから、ダサいままだとカッコ悪いし、舞琴に申し訳ないと言って、身なりに気を配るようになった。
舞琴としては煌耶本人が好きなので、見た目に拘りがある訳ではなかったけれど、自分のためにカッコよくしようと努力してくれる気持ちは純粋に嬉しかった。
最初は髪を切って明るく染めると、次に眉毛を整えるようになって、眼鏡をコンタクトに変えた頃には、洋服にも興味が湧いたらしく、煌耶は急激にオシャレでモテキャラに変化した。
バイト先では皆が舞琴と付き合っていることを知っているので、恋の力は偉大だねと笑い話で済んでいたが、大学となるとその様子までは把握できず、急に女の子に話し掛けられるようになって困ってると、煌耶は舞琴に愚痴をこぼすようになった。
「舞琴ちゃん、どうしたの」
「煌耶くんはカッコ良くなり過ぎだよ」
舞琴が大きく溜め息を吐くと、煌耶は困ったように笑って、静かにアイスコーヒーを飲んだ。
「皆も都合よく態度変えすぎだと思う」
「あんなの見た目だけしか見てない人たちだから。俺が好きなのは舞琴ちゃんだし、本当に俺を好きになってくれたのは舞琴ちゃんだけだよ」
テーブル越しに手を握られて、困った顔で舞琴を見つめる煌耶と目が合うと、困らせたい訳じゃない気持ちが湧き上がって来て、舞琴は情けなくなって泣きそうな顔のまま煌耶を見つめる。
「そんな顔しないでよ。今すぐ家に連れて帰りたくなる」
「ダメだよ。今からバイトじゃない」
「舞琴ちゃんのそういうところ、可愛いと思うよ」
「また子供扱いして」
舞琴が口を尖らせて拗ねると、煌耶は可笑しそうに肩を揺らしてから、してないよと呟く。
「ねえ舞琴ちゃん、そう言えば泊まりの件ってどうなったの。おばさんに許可貰えたの?」
「それがお母さん、最近ずっと夜勤だからなかなかゆっくり話す時間がなくて。煌耶くんは?おばさんたち良いって言ってるの?」
「車で行くのは心配みたいだけど、泊まりは大丈夫みたいだよ」
「そっか。煌耶くんと海行きたいな」
「うん。だけどおばさんには許可貰わないと。俺はずっと舞琴ちゃんと居たいから、おばさんには嘘吐いたり出来ないよ」
「分かってる。ありがと」
残ったケーキを口に放り込むと、アイスティーを最後まで飲み切って参考書をカバンにしまう。
「そろそろ行く?」
「うん」
先に立ち上がった煌耶は、当たり前のようにトレイを下げると、周囲から寄せられる視線を気にも留めない様子で舞琴に笑顔を向けて、お待たせとさりげなく手を握る。
バイトに向かう途中、通り掛かる女の子たちが値踏みするように舞琴に向ける視線が痛い。
それを愚痴ると、どうして他人なんか気にするのかと呟いて、煌耶はなんのつもりか、そのまま身を屈めて舞琴のおでこにチュッとキスをする。
「でっ!」
「でっ。てなに」
舞琴が変な悲鳴を上げてその場に立ち止まっておでこを押さえると、煌耶はその声に吹き出しながら、可愛いねと笑顔を浮かべる。
握った手の指を一層絡めて、煌耶の方に引き寄せながら、今度は手にもチュッと唇をつける。
「いっ」
「今度は、いっ。って」
あまりにも突然のことに驚いて、舞琴はドキドキさせられっぱなしだ。
握ったままの指の絡んだ手の甲越しに、悪戯っぽく笑う煌耶と目が合うと、舞琴の反応が面白いのか、煌耶は舞琴の目を見ながらまた手にキスをした。
「舞琴ちゃんの手って甘い匂いがするね」
「し、知らないっ」
顔を真っ赤にして腕を振り下げるけれど、握った手までは解けなくて、舞琴は煌耶と手を繋いだまま、ズンズンと先を歩く。
「舞琴ちゃん、待ってよ」
「待たない。もう、恥ずかしいよ。この辺いつも通るのに」
「だからでしょ」
「え?」
言葉の意味が分からなくて、歩いたまま振り返ると、まだ悪戯っ子のように笑う煌耶と目が合った。
「毎日のように通るから、通る度に思い出せば良い。ここでおでこにキスされたなって。俺を思い出して赤くなればいい。手にもキスされたなって」
「…………」
「どこに居ても、一人の時も俺のこと考えてて欲しい。赤の他人の目なんてどうでも良いじゃない。俺には君だけキラキラして見えてるよ舞琴」
「煌耶くん」
「煌耶。でしょ舞琴」
「う……恥ずかしいし、すぐには無理」
煌耶から目を逸らして前を向いて歩幅を広げると、手を引かれて歩く煌耶は可笑しそうに笑っている。
けれど、煌耶の手はじんわり汗が吹き出して凄く熱くて、舞琴と同じくらい照れてるのが伝わってくる。きっと半分は照れ隠しのはずだ。
だから舞琴には、煌耶の手をギュッと握り締めて、一度だけ振り返ってこう言うのが精一杯だった。
「煌耶のバカ」
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