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煌耶と付き合って二回目の夏休みが来ると、舞琴は高校最後の夏休みに、まだ進路が決まってないことに頭を抱えていた。
「佐倉、どうした。上條に何かされたか」
「なんでそうなるんですか三上さん」
舞琴は苦笑して、煌耶と同い年で最近そのチャラさに益々磨きが掛かってきた三上勇人に返事をすると、なんかってなんですかと、手を動かして作業に戻る。
「そうだな、あの上條だし。佐倉が悩むとしたら、何かされるより、何もされない方か」
「それセクハラですよ」
「はいはい。ごちそうさま。それで?なんでそんな暗そうなの」
三上と舞琴は今、アイドルタイムを利用してグラスとカトラリーをチェックしながら、破損が見られる物をピックアップして段ボールに詰める作業をしている。
「進路ですよ。私ももう高3なので。バイト始めて3年目になりましたからね」
「おー。もうそんなになるか」
三上と雑談しながら作業を進めていると、手が空いた林田がそこにやってきて、三人で作業を続けることになった。
「佐倉ちゃん、上條とケンカでもした?」
「え、なんでですか」
林田の突然の言葉に、舞琴は作業の手を止めて驚いて顔を上げる。
「あ、違うんだ。アイツ今日めちゃくちゃ落ち込んでる感じなんだよね。だからケンカしたのかと思ってた」
「あれ、上條今日シフト入ってたっけ」
三上が言う通り、煌耶は今日休みだったはずだ。
「さっき出勤して来たよ。キッチンの方で風邪流行ってるからね。あ、佐倉ちゃんもしかして、上條が来てるの知らなかった?」
林田はそう言うと、作業は三上と二人で進めておくから少し様子を見てくれば良いと、舞琴に煌耶の様子を見てくるように促した。
しゃがみ込んですぐに三上と無駄口を聞き始めた林田と入れ違いで立ち上がると、舞琴はキッチンに居る煌耶の元に向かった。
「あれ。どうしたの舞琴」
「煌耶こそ、今日は休みでしょ。風邪流行ってるって聞いたけど、臨時で呼ばれたの?」
話だけする訳にもいかないので、リストがついたバインダーを手に取ると、チャンバーとストッカーを開けて在庫チェックをしながら煌耶と会話する。
「そうなんだよ。誰かに聞いた?俺、今日は舞琴の迎えに来るつもりだったのに、ロングでラストまでバイトになっちゃった」
「え、もしかしてそれで元気がなかったの」
「それ誰が言ってたの?林田さんかな」
煌耶は苦笑しながら呟くと、フライパンをさっと洗って道具を片付け、バッシングして来た食器を食洗機に掛けて洗い始める。
「それよりなんで今日は迎えに来ようと思ったの」
「ん?いや最近ずっと舞琴が進路のことで悩んでるっぽかったし、相談に乗れたらなって思って」
「なにそれ。エスパーみたい」
舞琴が驚いて顔を上げると、煌耶はそりゃ気付くよと可笑しそうに肩を揺らした。
「おい、お前ら。こんなとこでイチャつくなよ。今ノーゲスだから、せめて休憩室で愛を育んで来い」
煌耶と同様に、欠員で呼び出されたらしい店長の向井がキッチンに現れると、舞琴の手からバインダーを奪い取って、さっさと休憩に入れと手で追い払う仕草を見せる。
「店長、俺来たばっかりなんですけど」
「じゃあお前はすぐ呼ぶから、佐倉はしっかり休憩取れよ」
いいから行けと、向井がまたあしらうように手で追い払う仕草を繰り返した。
そのまま二人でバックヤードを抜けて休憩室に移動すると、ちょうどそのタイミングで出勤して来た他のスタッフと顔を合わせて、また揶揄われる。
「それで、短大にするか専門学校かで悩んでるんだよね」
先に椅子に座った舞琴に視線を向けながら、煌耶は自販機でジュースを二つ買うと、そのままそれを持って休憩スペースの椅子に向かい合うように座る。
「うん。お母さんはどっちでも大丈夫って言ってて、先生も短大は推薦枠でもいけるところがあるって」
煌耶からジュースを受け取ると、蓋を開けずに手元でいじって指先を動かす。
「高3の段階で、先々やりたいこととか、なかなか決まらないよね」
「そうなんだよね」
舞琴の成績はそう悪くない。時折煌耶にも勉強を見てもらえたりするので、バイト中心で塾や予備校に通わなくてもなんとか平均よりは良い成績が取れている。
「俺も就活とかが現実的になって来たけど、まだ実感が湧かないんだよね」
「そっか。大学に進学したら終わりって訳じゃないんだもんね」
つい暗い話題になってしまって表情を歪めると、煌耶は思い出したように夏休みのうちに旅行に行く話をし始めた。
「そう言えば、おばさん許可してくれて良かったね」
「うん。めちゃくちゃ楽しみ」
一泊二日で海水浴に行く予定で、ホテルは煌耶の両親の知り合いがやっている、小さなところで部屋を安く借りることが出来た。
「それに今年も、一緒に花火見に行けそうだね」
「早いよね。もう一年前なんだね」
「夏は色々とイベントがあるから、本当にあっという間に時間が経つよね」
「そうだね。今年は旅行もあるし、本当に楽しみ」
進路のことはまた別の機会にゆっくり考えようと、煌耶は旅行の前に水着を買いに行くのはいつにしようかと、スマホを取り出してカレンダーに予定を打ち込む。
しばらく雑談をしていると、不意に休憩室の扉が開いて、店長の向井が顔を出して煌耶は先にフロアに戻って行った。
「お母さんの大変さを知ってるから、医療系は惹かれないし、専門学校に行くほどやりたいこともないんだよね」
舞琴は休憩室の机に突っ伏すと、秋までにははっきりさせなければいけない進路について、再びぐるぐると頭を悩ませた。
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