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16
目が覚めると窓の外は眩しいくらい明るくて、背中が妙にあたたかくて、自分以外の呼吸が聞こえてくるのが不思議な感覚だった。
少し寝返りを打って仰向けになると、無防備に油断した煌耶の寝顔がすぐ横にあって、昨夜のキスを思い出した舞琴の心臓はドキドキと暴れ出した。
まだ眠ったままの煌耶の唇をそっと指でなぞると、柔らかい弾力の唇が少し歪んで、煌耶が大きく身じろいだ。
「ん……」
小さく呻くような息を吐くと、煌耶は眉根を寄せてゆっくりとその目を開く。
「もう起きてたの?おはよ」
とろんと蕩けた甘い声で呟くと、そのまま唇は重なり悪戯に翻弄された後、名残惜しげに下唇を噛んで離れていく。
「なに、まだ寝惚けてるの?舞琴」
煌耶は可笑しそうに笑うと、舞琴の髪を指で梳くように愛おしげに撫でて、今度はそれが当然のように唇を重ねるだけのキスをする。
この熱、この感触。舞琴は一生忘れないだろう。
恥ずかしさと嬉しさが混ざった感覚は、なんともむず痒いものだったが、舞琴はおはようと呟くと煌耶の鼻を摘んで、その気まずさを誤魔化した。
朝食を食べて部屋に戻ると、海に行く支度をしてからホテルをチェックアウトする。
煌耶は両親から言われた通り、フロントでお礼を言うと、持たされた菓子折りを手渡して、きちんと挨拶をしてからホテルを後にした。
海の近くの駐車場に車を停めると、あまりの暑さに悲鳴を上げながら、二人で日傘に入ってビーチに向かう。
「焦げるね」
「本当に、それくらい暑いね」
昨日のように荷物を見てくれる人に出会えるとも限らないので、貴重品は本当に少なくして、スマホは煌耶しか持って来ていない。
海の家でトイレを借りて、その近くの更衣室で羽織っていた服を脱いで海に入る支度をすると、着替えの洋服が入ったトートバッグをビーチに置いたまま、海に入ってまた目一杯遊んだ。
「日焼け止め塗り過ぎじゃない?顔真っ白だよ」
煌耶を見て舞琴が笑うと、変なのが寄ってこないからこれで良いと煌耶も声を上げて笑った。
お昼時なのか、海の家の呼び込みが騒がしくなった頃、二人は一度海から上がって、焼けた砂浜になんとか腰を下ろしてお昼ご飯はどうしようか相談することにした。
「道が混むかも知れないけど、舞琴は夕方まで海で遊びたい?」
「運転するのは煌耶だし、昨日の疲れっぷり見たら、あんまり遅くまで海で遊ぶのも危険な気がする」
「そっか。確かに」
「とりあえずお昼は食べて、少しだけ遊んで帰ろうか」
砂を払って立ち上がると、荷物を持って海の家に向かう。
煌耶のスマホで撮った写真を見ながら、どれをプリントアウトしようかと二人で騒ぎながら歩いていると、前からやって来た女性が驚いた声を上げるので、舞琴と煌耶は咄嗟に顔を上げる。
「あら、昨日のカップルさん」
「はい?」
煌耶があからさまに嫌な顔をすると、女性は困った顔をして舞琴を見つめて、名刺を渡したのを覚えてないかと助けを求めるように言ってきた。
「ああ。雑誌の」
「そう!貴方たち美男美女だから、スナップで掲載させて貰えないかしら」
「いや、そういうのは要らないです」
煌耶が間に入って手短に断りを入れると、その場を立ち去ろうとした腕を掴まれて名刺を2枚押し付けられる。
「じゃあせめて名刺だけ渡しておきます。いつでも連絡して。本当に待ってますから」
女性が食い下がってもう一度お願いしますと頭を下げるのを、もう行こうと煌耶に手を取られて、置き去りにする形で海の家に向かう。
トイレを済ませてから、水着の上に服を羽織って海の家に入ると、焼きそばとカツカレーを注文して、ようやく一息つく。
「写真くらい、記念になったかもだし、撮ってもらっても良かったんじゃない?」
頼んだばかりの焼きそばを頬張ると、舞琴は煌耶にそう声を掛けるが、短くダメと返ってきて苦笑する。
「ダメ。ただでさえこんな可愛いのに。しかも水着で雑誌に載るとか絶対ダメ」
「煌耶くらいしか私に興味なんか持たないのに」
「そんなことないよ。だからダメなの」
「だったら煌耶もモテるから、そういうのはダメってことだよ」
「それこそ、舞琴しかそんなの言ってくれないよ」
カツカレーを頬張りながら、煌耶が困ったように眉尻を下げる。これではただのバカップルだ。
だけど舞琴は気が付いている。さっきから周りの女の子たちが、キラキラした目で煌耶を見ている。舞琴がすぐ隣に居るにも関わらずだ。
「煌耶は無自覚過ぎるんだよ。せめて眼鏡掛けなよ」
「眼鏡?運転する時に掛けるよ。それより俺は舞琴にこそ、そう言いたいよ」
煌耶は少し苛立ったように、自分が羽織っていたシャツを舞琴に羽織らせてボタンを止めると、これで良しと呟いて残りのカレーを食べ始めた。
さっきの雑誌の編集の人だって、お世辞で美男美女だと言っただけで、舞琴は別段可愛らしい顔立ちではないと思っているし、自分よりも煌耶にこそ、もっと気を配って欲しいと思う。
けれどそんな舞琴に対して心配過剰な煌耶を見ると、心配し過ぎだと思う反面、やきもちを焼いてくれてる気がして、不思議とウキウキした気分にもなる。
「焼きそば食べる?」
「うん。一口ちょうだい」
「はい。あーん」
「ん。美味いね。カレー要る?」
「じゃあ一口ちょうだい」
「仕方ないねえ」
そんなくだらないやり取りですぐに仲直りすると、食べ終わってから少しビーチを歩いて、満腹感から来る眠気を飛ばした。
結局午後は海に入らないまま駐車場に向かい、陽の高いうちに帰宅すると、夜まで煌耶の家でゲームをして過ごした。
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