3147人が本棚に入れています
本棚に追加
18
推薦入試を終えて迎えた合格発表の11月。無事に志望校への進学が決まった舞琴は、バイト先で意外な話を聞かされて戸惑っていた。
「だから佐倉には彼氏が居るって何回も説明してるんだけどさ。全然聞いてくれないんだよ」
「だからって無理です。勝手に教えるのやめてくださいよ?」
「いやでもめちゃくちゃ良いやつなんだよ。友達で良いって言ってるからさ」
「嫌なものは嫌です。困ります」
三上の話は、舞琴に一目惚れした友達のために、連絡先を教えてやって欲しい。もっと言えば会ってやって欲しいと云う無茶苦茶なお願いだった。
情けない声を出して舞琴に絡み続ける三上に、いよいよ黙っていられなくなったのか、林田ともう一人、勤務歴の長い松尾昇司が、助け舟を出すように近くにやって来た。
「三上、お前いい加減にしとけよ。そんなに上條に処分されたいのか。あいつ怒らせたら絶対怖いぞ」
「そうだよ。それに佐倉ちゃんも嫌だって断ってるじゃん。それ以上はストーキングだからね」
林田と松尾がそう言って三上を睨むと、ようやく諦めたのか、三上は分かりましたよと呟いてバッシングしにホールに出て行った。
「三上は本当に、ああいうところがあるからね」
「大丈夫か佐倉」
二人に声を掛けられて、舞琴は困りましたと呟いてから大丈夫だと思いますと返した。
「三上さんだから、勝手に教えそうでまだ不安ですけど」
トレンチの拭き上げ作業をしながら溜め息を吐く。
「そう言えば上條今日は休みだけど、迎えに来たりするの?」
林田の問い掛けに、約束はしてないですねと返すと、今日の上がりが三上と被っているのを心配された。
「三上は今日早上がりだから、帰りに絡まれると厄介だね」
「そうか。でもキッチンの村上さんなら確か22時上がりだろ」
「じゃあ村上ちゃんと一緒に帰りなよ」
少し大袈裟な気もするが、心配して声を掛けてくれる二人に礼を言うと、その足でキッチンに向かって村上和美と一緒に帰る約束をする。
村上は終電に間に合えば問題ないそうなので、駅まではなんとか一緒に帰れそうだ。
フロアに戻ってトレンチを拭き始めると、諦めきれないのか三上が何度も声を掛けて来た。
いい加減にしてくださいと睨み付けると、ようやく三上がその場を離れたので、舞琴はフロアに立っていることも忘れて大きな溜め息を吐いてしまった。
この日はディナーの客が多く、デシャップとバッシングでバタバタと動き回っているうちに、あっという間に上がる時間になった。
村上と一緒に休憩室に戻ると、そこで待ち構えていた三上にまた同じ話をされて、舞琴はいい加減うんざりした。
着替えを済ませても、待ち構えて同じ話をしてくる三上に、とうとう我慢が利かなくなった。
「三上さん、スマホ貸してください」
「え?」
「良いから。ロック解除して渡してください」
話を理解出来てない三上に急ぐように眉を顰めると、ようやく渡されたスマホのアドレス帳を開いて、登録されていた舞琴の情報を削除した。
「うわ!ちょっと何してんの佐倉」
「こうでもしないと勝手に教えそうだからです」
スマホを三上に返すと、待ってくれている村上に謝りながら、一緒に従業員通路から外に出て駅に向かった。
「あの、佐倉さん大丈夫ですか」
「ごめんね、村上さん」
「私は全然。むしろ一緒に帰れて私も助かるので」
煌耶と同じくキッチンに入る村上は、バイトを初めて半年ほどだが、舞琴と煌耶が付き合っていることをもちろん知っているので、三上の奇行に首を傾げていた。
「三上さんは、佐倉さんが上條さんの彼女だって分かってるのに、なんであんなこと言うんですかね」
「なんでだろうね。本当に厄介だよ」
「あの、これ上條さんには口止めされたんですけど。三上さん前にも女の子紹介したいって上條さんに絡んでたことがあって。やっぱりちょっと理解出来なくて」
「え、そんなことがあったの」
「はい。夏休みの後だったと思います。あ、もちろん上條さんは全然聞く耳持たずでしたよ。あと勝手に喋ってすみません」
「大丈夫だよ。教えてくれてありがとう村上さん」
三上がなんのためにそんなことをしてるのか分からないが、これは煌耶と話を共有しておいた方がいいかも知れない。
駅に着いて村上を見送ると、舞琴はすぐに煌耶に連絡をして、迎えを待たずにバスに乗って煌耶の家に向かった。
最初のコメントを投稿しよう!