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クリスマスは煌耶の仕事が忙しく、年末年始は煌耶の希望もあって、何も考えずに二人きりで過ごしたいと、おせちを作って家に引きこもり、ダラダラと自堕落した過ごし方を楽しんだ。
年が明けて仕事が始まると、会社ではようやく羽多野の処分が決まり、グループ傘下の地方工場に異動すると、成伊商事の北澤も同じように地方に飛ばされたと噂で聞いた。
それに伴って、舞琴につく営業担当は、当初からその予定だった安田に代わって、仕事は順調だ。
夫婦関係が上手くいってるからどうかは分からない。けれど舞琴にとっては煌耶が一番大切な存在であることに変わりはないし、今でも誰より煌耶が大好きだ。
「なんか、こんな風に外で食事なんて久しぶりだね」
「なかなか一緒に出掛けられなくてごめんね」
「気にしてるの?煌耶は忙しいんだから、無理しなくていいのに」
2月も半ばになったバレンタインの今日は、約1年ぶりに二人でディナーを楽しむために、舞琴が気になっていた、魚介類の美味しいダイニングバーに来ている。
地中海のリゾートをイメージしたらしい店内は、白と青のコントラストが爽やかで、ホールよりも個室のこちらの方が、少し照明も落とされていて落ち着いた雰囲気だ。
「そりゃ気にもするよ。結婚記念日だって、俺が仕事だったせいで一緒に過ごせなかったんだし」
「そうだったね。なにかの記念日の度に、デートしてたころが懐かしいね」
「懐かしがらないでよ。つい一、二年前のことなのに。忙しくて圧倒的に舞琴が足りてないよ」
「あはは、私不足か。そんな煌耶にハッピーバレンタイン」
舞琴が可愛くラッピングした袋を取り出すと、今年で6回目だねと煌耶が嬉しそうに笑う。
「開けてもいいかな」
「どうぞどうぞ。去年は引っ越しでバタバタして、買ったチョコだけだったからね。大したものじゃないけど」
「おお、ストールだ。あれ、お菓子も入ってる。わあ、これ最初にもらったやつに似てる。めちゃくちゃ嬉しいなあ」
早速ストールを首に巻くと、ニコニコしながらラッピングされたお菓子を見つめて喜ぶ顔が、初めてバレンタインデーに見た笑顔と重なって、久々に胸がキュンと疼いた。
「バレンタインに赤い物を贈るって言うし、そのストールも気に入ってくれるといいけど。今年はちょっと時間があったから、カップケーキとアイシングクッキー、更に手作りマカロンです」
「ダメだ俺。なんか色々思い出しちゃって、泣きそうだわ」
「なに、もう酔ったの」
肩を揺らすと、煌耶は思いの外真剣な顔をして舞琴を見つめている。
「冗談じゃなくてさ。仕事をさせてもらえるのはありがたいけど、一番大事にしたい舞琴を一人にしちゃう時間も増えたし、大きなケンカもしたし、もう愛想尽かされるんじゃないかって」
「煌耶……」
「俺はやっぱり、どんなに外見だけ磨いて頑張ったところで情けないままで、どんどん綺麗になる舞琴に置いていかれる気がして」
「まだそんなこと言ってる」
少し呆れて溜め息を吐くと、煌耶は別に身内贔屓じゃないと反論する。
「そんなことじゃないよ。良い仲間に囲まれて楽しく働いてるからか、あどけなさが取れてきて綺麗になった。色んなモデルと仕事してるけど、やっぱり舞琴は特別キラキラして見える」
「そんなこと言ってくれるのは、煌耶だけなんだけど。まだそんな風に思ってるの?」
「どんなに努力しても、人に認められても、本当の俺を好きになってくれた舞琴を幸せに出来ないなら、意味がないなって、最近よく反省するんだ」
「え、私充分幸せだけど」
驚いて顔を見つめると、困惑した顔で煌耶が苦笑する。
「俺の自己満足だけど、忙しく働いて、他人に認められて、だけど舞琴を一人にしちゃう時間が増えてく。そんな今の形が正解なのか分からなくて、モヤモヤすることが多いんだよね」
「仕事のことは素人の私にはよく分からないけど、苦しかったらいつでも辞めればいいし、後悔しないなら反対はしないよ」
「はは。舞琴はいつもそうやって俺に甘いね」
「だって、おばあちゃんになっても一緒に居てくれるんでしょ。長い付き合いになるよ」
「そうだね」
舞琴を優しく見つめる煌耶の目が好きだ。
煌耶は自分ばかりが舞琴を思っているように言うが、舞琴だって負けないくらい煌耶のことが大好きだ。
こんなに思い合っていても、些細なことですれ違いや行き違いは生まれる。それは身をもって痛感したことだ。
だからもう間違えたくないし、すれ違いや行き違いを生まないために、どうすれば良いのかを考えながら、久々の楽しい時間を過ごした。
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