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 Emynaが突然押し掛けて来たことを報告すると、それを録音した音声と一部始終を撮影した動画、それと結婚指輪を一緒に煌耶に渡す。 「私が協力できるのはここまで」 「舞琴……」 「ごめんね煌耶。でももう疲れちゃった、私」  煌耶はまたしても、なんでも話し合って解決すると、舞琴と二人で決めた約束を破った。  ことの仔細は、舞琴の素性がバレて、マスコミに騒がれたくなかったら契約を延長しろと、Emynaサイドから揺さぶりを掛けられたことから始まった。  煌耶が元々モデルの仕事を受けた経緯も掴まれていたのか、舞琴を餌にすれば承諾するだろうと、先方からの家族を人質に取るような脅しだった。  煌耶たちもなんとかしようと画策していたようだが、Emynaの暴走により、舞琴への嫌がらせとなるストーカーの証拠をこちらが掴んだことで、状況は大きく変わるだろう。 「こんな大事なもの、俺に渡さないで」 「大事だから返すの」 「嫌だ。受け取らない」 「分かった」  その場を収めるために、結婚指輪を手元に戻して指にはめると、煌耶の強張った表情が少しだけ和らいだ。 「私たち、なんでも話し合って、二人で解決しようって決めたよね」 「そうだね」 「それが例え今回みたいなことでも、煌耶は私に、事前に相談するべきだった」 「でもこれは」 「うん。言いたいことは分かる。煌耶がどんな気持ちで居たかも分かる。だけど、二人のことなら尚更、なんでも話すって約束したよね」  隣に座る煌耶の手を握ると、しっかりと目を見つめて守るべきだったよと諭すように呟く。 「ごめん舞琴、だけど舞琴を巻き込みたくなくて」 「だから煌耶の気持ちは分かってるってば。でもそれが、二人で決めた約束を破っていい理由にはならないんだよ」 「それは本当に申し訳ないと思う」 「本当だよ」  ようやく謝った煌耶の額を指で弾く。 「真っ先に言い訳するの、やめた方がいいよ。すぐに謝ることも覚えてよ、いい加減」 「本当にそうだね。俺言い訳してばっかりだ」 「煌耶、もう私が考えてることは分かるでしょ」 「分かるよ。でも悪いけど、理解はできても受け入れられないよ舞琴」 「私だって、おばあちゃんになるまでそばに居たかった」  膝の上で拳をギュッと握り締める。こんなことを言う日が来るなんて考えたくなかった。だけど煌耶は変わってはくれなかった。  二人で解決するよりも、自分の考えを優先して、またしても勝手に解決しようと、一番大事だと言うくせに、そんな相手を、舞琴を傷付けた。  今度は絶対気を付ける。そんな陳腐なセリフを受け入れられるほど、舞琴の心は強くなかった。 「舞琴……」 「お互いに相談してもらえなくて、辛くてもどかしい気持ちを味わって、その上で約束したことでしょ」 「俺やだよ」  煌耶の手が伸びてそのまま抱きしめられる。 「俺、こんな終わり方やだよ」 「だけど煌耶は必ず繰り返す。私が大事だから、そんな理由で絶対に繰り返す。煌耶が悩んでるのに、そのすぐそばに居ながらなにも出来ない。そういうのに、いい加減疲れちゃった」  煌耶の腕をほどくと、ソファーから立ち上がって荷物をまとめる。 「舞琴が言いたいことはよく分かる。俺だって逆の立場だったら、なんでだよって思う。でも、もう少し話し合わせてくれないかな」 「話し合ってもなにも変わらない。煌耶がなにより私を大切に考えるのをやめない限り、この話は解決しないよ」 「そんなこと言わないでよ」 「私も煌耶がなにより大事だから、きっと同じことを繰り返す。思い合うのに傷つけ合うとかバカみたい」 「なら、どうしていくべきか二人で考えるべきなんじゃない?」 「それがお互いなんでも相談するって結論だった」 「舞琴……」 「その手から一度でも溢れたら、もう同じ水は掬い直せないんだよ」  トランクケースにある程度の荷物を詰め込むと、残りの荷物は後日改めると呟いて、涙が溢れる前に煌耶に抱きついた。 「こんなに愛してるのに、どうしてこんなことになっちゃったの」 「舞琴……俺だって愛してるよ」 「分かってる。だけどそれが私を苦しめるの」  そのまま煌耶の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。舞琴だってこんなのは嫌だ。  酷く取り乱す舞琴の姿に、望んでいることを選択させられない、取り返しがつかないところに立っていることを、煌耶は徐々に受け入れる。 「舞琴、本当にこれで終わるのか、俺たち」  煌耶の声は震えている。 「夫婦はもうやめる。煌耶は私のことを大事にし過ぎていろいろ見失う。もっと自分の気持ちじゃなく、自分自身を優先して」 「俺すぐそれするよ。だから離れて行かないで」 「ダメ。愛してるよ、煌耶。だからお別れするの」 「なんでだよ、お願いだよ」  涙でぐずぐずになったままキスをする。  この人が大好きだからこそ、耐えられないことがあるのだと舞琴は思う。  酷く不恰好なキスを終わらせると、もうそれ以上引き留められても、なんと声を掛けられても、舞琴は振り返らずに家を出た。  涙は止まらないし、鼻水だって止まらない。しゃくり上げて泣きながら、行き交う人に変な目で見られても、どうやったって涙が止まらない。  タクシーに乗ればすぐなのに、今はただ思い切り泣き叫びたくて、トランクを引きながらバカみたいに泣いて歩いた。  そして泣き腫らした顔で辿り着き、舞琴を抱きしめて出迎えてくれたのは煌耶の両親だった。
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