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舞琴はキリキリと痛む胃をさすりながら、胃腸薬を白湯で流し込むと、その独特の苦味に眉根を寄せる。
「うっ。あーもう」
頭痛までしてきて大きな溜め息を吐き出すと、マグカップを軽く濯ぐ。
週末は最悪だった。
あの後、煌耶が風呂に入ったのを見計らって、すぐに家から追い出そうとしたが、久しぶりの行為に体は悲鳴を上げ、腰が立たずにベッドから動けなかった。
そのままなにも出来ずに右往左往していると、シャワーを浴び終えた煌耶が部屋にやってきて、朝食はベッドに運ぼうかと、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
「なんだってあんなことに」
体が言うことを聞かないまま、土曜は不服ながらも疲れた舞琴を面倒見るという名目で、煌耶の滞在を許すしかなかった。
そして昨日、なかなか帰ろうとしない煌耶をなんとか追い出すと、どっと押し寄せる疲れでそのまままた1日寝込んだ。
「あれ、お前こんなとこでなにやってんの」
「宮村さん、お疲れ様です」
給湯室で顔を歪めていたら、珍しく宮村がコーヒーを淹れに来た。
「二日酔いで潰れてる太田みたいだな。あ、嫁の方な。それよりお前、またバカみたいに飲んだのか」
「違います。ちょっと胃が痛くて、体調悪いんです」
「急ぎがなければもう帰っても良いぞ」
「いえ、そこまでじゃないんで、大丈夫です」
「そうか?」
キョトンとする宮村にぺこっと頭を下げると、舞琴は先にデスクに戻る。
「なにお前、二日酔いで潰れてる真凜みたいだな」
「宮村さんもですけど、真凜さんに言い付けますよ」
「なに怒ってんだよ上條」
可笑しそうに肩を揺らす太田は、なんだかんだで2年ほど前に山野と結婚した。今は社内に太田が二人。太田嫁こと旧姓山野真凜は生産部、商品企画課に異動になり今は営業企画に居ない。
それを機に、舞琴は山野から真凜と呼び方を変えた。
「怒ってないです」
「なんか胃が痛いらしい」
そこに戻ってきた宮村は、当時の彼女と結婚して今は二児の父。そして営業企画の課長である。
デスクに座りながら、ドロドロのエスプレッソのような濃いコーヒーを飲む宮村に、無理せず帰れよと言われて、コーヒーの良い香りが胃に沁みる。
舞琴は痛む胃をさすりながら、パソコンのスリープを解除すると、ようやく仕事に集中してキーボードを叩く。
「ああ上條、増田と赤坂は17時戻りか、もしかしたら直帰になるかも」
「了解です」
増田翔李、赤坂樹莉は、入社2年目の舞琴の後輩だ。二人は最近店舗で実施中の大規模キャンペーンのために、営業に借り出されている。
データ入力を済ませてから、今担当している企画書の草案を箇条書きにメモにまとめると、画面を切り替えて企画書の作成に取り掛かる。
舞琴も入社して6年目。相変わらずのメンバーと、新人二人に挟まれて、なんとか仕事を続けている。
集中して作成を終えた企画書を関連データと併せて宮村に提出し、少し遅くなってしまったが、13時過ぎから休憩のために会社を出た。
「嘘、それ本当なの」
「ガチです」
会社近くの洋食屋でグラタンを食べながら、驚いた顔をする真凜に嘘なら良かったんですがと、舞琴は溜め息を吐き出した。
もちろん一夜の過ち的な流れまでは話していないが、煌耶と偶然にも再会してしまったことを誰かに相談したかった舞琴は、様々な事情を知る真凜に愚痴をこぼした。
「じゃあ、本当に偶然お友だちの結婚相手と知り合いだったってこと」
「はい。来るまで本当に分からなかったので」
「そっか。あれからもう4年か」
「デスね」
あの後1週間ほど有休を取った舞琴は、また5キロほど体重が落ちてしまい、職場に復帰した姿を見て真凜たちに心配を掛けた。
あれだけの騒動があった訳だが、真凜たちも協力してくれたおかげで、ストーカーとして被害届を出すことが出来、マスコミは掌を返したようにKO-YAを擁護した。
Emynaはすぐに仕事が出来ない状態に追い込まれて、その後どうしているかまでは分からない。
そしてKO-YAもまた、既婚者だったことやストーカー被害に遭っていたこと、モデルのMACOがその被害者だと憶測が広がり騒がれたが、本人がモデルを辞めたことで事態は沈静化した。
そして舞琴もまた、高山たちの尽力によりMACOとして騒がれることなく、煌耶との生活を終わらせた。
「それで旦那さんとは、これからどうするの」
「分からないです。真凜さんも知ってる通り、嫌いで離れた訳じゃないですが、離婚を承諾してもらえずに今日まで来たので」
「そうだよね。急に結論を出せる話じゃないよね」
真凜は舞琴の左手に光る指輪を、複雑な顔で見つめている。
「色々と、本当にすみません」
「良いのよ。可愛い後輩のために勝手にやったことだし、太田だって宮村さんだって同じ気持ちよ。それにどれだけ上條さんが苦しんで来たか見てきたもの」
「あはは、お恥ずかしい限りです」
「とりあえず冷めちゃう前に食べよ」
「そうですね」
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