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アドレス帳に追加された、上條煌耶の文字を睨んでかれこれ20分。ベッドの上でスマホを見つめたまま、舞琴はメールする内容を考えていた。
時間は夜中の2時前。上條は連絡しても良いと言っていたが、なんと言って連絡すればいいか分からない。
散々迷った挙げ句、まだ起きてますかと短い文章を打って、送信ボタンを押した。
返事が返ってくるかどうか緊張する。ベッドの上でうつ伏せになって、自分が送った味気のないメールを見ながら、文章を失敗したし、送る時間が遅すぎたと今になって後悔が募る。
時計の秒針が進む音だけが部屋に響く中、やっぱり寝てしまったんだろうと、来ない返事を待つのをやめようとした瞬間に、ようやく上條からの返事が来た。
【ごめん。お風呂入ってた。もう寝ちゃったかな】
上條からの返信に、足をバタバタさせて、枕に突っ伏して歓喜の叫び声を上げると、まだ起きてますと早速返事を返した。
今日は金曜なので、土日の週末は大学も休みのはず。そう思って舞琴は上條にまだメールを送っても大丈夫か尋ねてみる。
【明日はバイトしか予定ないし、大丈夫だよ】
またすぐに返事は来た。
返事が来るのが嬉しくて、ニヤニヤしながらメールを打つ。しばらくはその繰り返し。
なんだかんだで一時間近くやり取りすると、眠くないのかとメールが来て、舞琴はハッとして時計を見た。もう3時を過ぎている。
上條は眠たかったのだ。すっかり浮かれてそんなことにも気が付かなかった。一気に情けなくなってお詫びの文面を打つと、泣きそうになって送信ボタンを押す。
【俺は眠くないから大丈夫だよ。佐倉さんが心配だっただけ。夜更かしなんだね】
すぐに返ってきたメールの内容に安堵する。眠たくないからもう少し話たいとメールを打つと、迷惑がられるかなと不安に思いながらも送信ボタンを押す。
すると返ってきた返事に舞琴は言葉を失った。
【ずっとメールしてて疲れない?】
やっぱり上條にとっては、このやり取りは迷惑なことだったのだ。舞琴は返事を返せずに呆然としていると、立て続けにまた1通メールが届いた。
【だから夜中だし無理かも知れないけど、電話で話さない?無理ならメールで大丈夫だよ】
地の底に叩き落とされたと落ち込んだが、このメールを見た瞬間に、舞琴はどこかにいるかも知れない神様に感謝した。
すぐに大丈夫だと返信すると、5分と経たずに上條から電話が掛かってきた。ドキドキする胸に手を当てて、大きく一息つくと意を決して電話に出た。
「は、はいっ、もしもし!」
『はは。夜中なのに元気だね、佐倉さん』
すぐに笑われてしまって、舞琴は恥ずかしさで顔を真っ赤にするが、それよりも楽しそうな上條の声が嬉しくて、次の瞬間にはニヤけた顔になってしまう。
「上條先輩、本当に眠くないんですか」
『俺?全然平気。いつもならゲームしてるし』
「あ、じゃあゲーム出来ないですよね、ごめんなさい」
『いいよ。ゲームとかいつでも出来るから。それにゲームしたかったらそう言うから。気にしないで』
スマホの向こう側で上條が優しく笑っている気がして、舞琴はまたニヤけた顔になる。
「分かりました。気にしないようにします」
それから、上條の去年までの担任が舞琴の今の担任なので、共通の話題としてしばらくは高校の話で盛り上がる。
続けてバイトの話に内容が変わると、最近になってキッチンでの仕事が増えた上條の失敗談を聞いて、面白おかしい話し方に、舞琴もつい笑ってしまい、あっという間に時間は過ぎる。
「ところで上條先輩って、今度はバイトいつお休みなんですか」
『次の休み?月曜と火曜は休みだけど』
「そうなんですか。じゃあ、次は金曜日まで会えないんですね……」
週末はランチタイムのシフトなので、遅番でラストまでの上條とは勤務時間が被らない。それに加えて舞琴は月、水、木曜が休みなので、ほぼ1週間会えないことになる。
『なにか用事でもあった?今聞くよ』
「いえ、そういう訳じゃなくて……」
咄嗟に心の声が出てしまって、舞琴はなんとか取り繕う言葉を探すが、上條に何か気付かれてしまったのではないかと、恥ずかし過ぎて言葉が出てこなくなる。
『遠慮しなくていいよ』
けれど返ってきた声は優しくて、舞琴は言うなら今しかないと、勇気を振り絞ってお願いしてみることにした。
「じゃあ、あの月曜日なんですけど……」
『月曜がどうかした?』
「月曜日、もし予定が無かったら遊びに行きませんか」
『へ?』
スマホ越しでも、上條が驚いているのが分かる。
いくらこんな夜中に電話に付き合ってくれるからと言っても、上條にとって舞琴はただの後輩で彼女じゃない。
さすがに気持ち悪がられてしまったかなと、舞琴は慌てて間違えましたと声を出した。
「あの、良いんです。ごめんなさいっ、忘れてください」
『……月曜日、大学も午前中だけでその後は予定ないから、俺は大丈夫だよ』
「え?」
『その、本当に俺でよければね。佐倉さんが大丈夫ならだけど』
「またそんな、私はもちろん大丈夫なので!」
自信なさげな上條の声に慌てて答えると、スマホの向こうから可笑しそうに笑う声が聞こえる。
『ははは。そうだよね、誘ってくれたんだし。学校帰りなら制服だと不味いかな?一旦着替えに帰る?』
「はいっ。でも月曜は5時間目までなので、15時くらいには待ち合わせできると思います」
『分かった。とりあえず待ち合わせは15時にしといて、前倒し出来るなら、また電話かメールしてくれるかな。俺はさっき言った通り、午後は暇だから合わせるよ』
「はいっ。よ、よろしくお願いしますっ」
『はは。緊張し過ぎだよ』
その後もしばらく、楽しい電話のやり取りを続けて、眠ったのは明け方になってからだった。
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