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 舞琴の仕事が立て込んでなかなか休みも取れない中、煌耶の決断は早く、冬には同居の再開を目指して、着々と行動に移していた。  最初は煌耶のガラス工房近くで家を探していたが、結局いい物件が見つからず、工房の敷地を買うことに決めて、そう広くはないが併設した一軒家を建てることにしたのだ。  12月に入ってようやく引っ越しが終わり、必要な家具を揃えたりバタバタしているうちに、クリスマスを迎えた。 「真凜さんは太田さんと食事とか行くんですか」 「うち?うちは家でケーキ食べるくらい。そういう上條さんは、煌耶くんとデートするのかな」 「私は家でゆっくりしたかったんですけど、煌耶が張り切っちゃって」 「まあそうだよね。しばらく一緒に居られなかったんだから」  ランチのハンバーグドリアを食べながら、真凜と世間話をしていると、そう言えばと耳打ちするように真凜が舞琴に顔を寄せる。 「私ね、来年産休に入るの」 「え!おめでとうございます」 「まだ早すぎて誰にも報告してないから、内緒にしておいてね」  真凜が少し恥ずかしそうに笑うのが可愛らしくて、舞琴まで嬉しくてニヤニヤしてしまう。 「上條さんは、考えてないの」 「まあ授かる時に任せようかと。今は仕事も面白いですし、なんだかんだ言っても、ようやく同居したところですから」  実はもしかしてと思う事態がなかった訳ではないが、生理不順で遅れただけで、授かるのはまだまだ先な気がしている。  煌耶はなにも言わないが、なんとなく家族が増えることを楽しみにしているとは思う。けれど舞琴が仕事をしていることに気を遣っているのか、自分から子どものことについては話さない。  ランチを終えて会社に戻ると、溜めていたデータ集計の作業に取り掛かり、赤坂や増田の手が空く前に仕事の指示を出す。  そうして画面に向かって数字と睨めっこしているうちに、気が付くと宮村に声を掛けられて、キリのいいところで仕事を終わらせてパソコンの電源を落とした。 「じゃあお先に失礼します」 「お疲れー」 「お疲れ様でした」  仕事納めが近付いて、残業する社員の姿がチラホラ目に入る中、フロアを出てスマホをチェックすると、煌耶から迎えに行くとメッセージが入っていた。  エレベーターで降りながら、今終わったとメッセージを打つと、玄関口で手を振る煌耶が居て目が合った。 「こんなところまで迎えに来なくても」 「いや今日めちゃくちゃ冷えるから。車で来たから、ちょっと駐車場まで歩くよ」 「そうなんだね。ありがとう」  手を繋いで駐車場に向かうと、確かに朝よりも底冷えする寒さに白い息が見える。 「煌耶は正月休みってどうするの」 「年末は28日までで、年明けは10日から再開する予定」 「じゃあゆっくり出来るね」 「舞琴は27日までだったよね。仕事始めはいつからなの」 「年明けは6日からだよ。だから私も比較的ゆっくり出来るかな」  正月の実家巡りの話になり、煌耶の兄姉たちの帰省に合わせるために、先に舞琴の実家に顔を出すことにして、その後で煌耶の実家に行く話でまとまった。  車に乗り込んで一度家まで帰ると、家から近いという今夜のディナーは、初めて行くダイニングバーだった。  煌耶曰く、引っ越しのことでバタバタして、クリスマスまで頭が回らず、知り合いに教えてもらった店なのだという。  雰囲気の良い店内には、舞琴たちと同じようにクリスマスディナーを楽しみに来たカップルの姿が目立つ。 「じゃあ乾杯しようか」 「なにに乾杯する。やっぱりメリークリスマス?」 「そうだね、メリークリスマス」  シャンパングラスを傾けて乾杯すると、コース料理を楽しみながら、これまでを振り返って色んな話で盛り上がる。  煌耶の吹きガラスは、優里亜の夫となった高柳のサイトの方でも好評で、かなり人気があるらしい。中には好評すぎて予約待ちすら出ている作品もあるようだ。  工房の方では最近になって始めたワークショップも感触が良く、定期的な開催に向けて準備を進めている。  デザートの盛り合わせを食べながら、そんな話をしていると、煌耶が小さな小箱をテーブルに置いた。 「なあにそれ」 「クリスマスプレゼント。舞琴が気に入るか分からないけど」 「卑屈だなあ」  つい可笑しくて肩を揺らすと、腕を出すように言われて、テーブル越しに腕を差し出す。 「知り合いの伝手で、一から自分でデザインして作ったんだけど、どうかな」  繊細な作りの華奢なバングルが手首で光っている。 「なにこれ。めちゃくちゃ可愛い」 「気に入ってくれたみたいだね。細工が細かいから結構苦労したんだけど、やっぱり似合ってる」 「うん。大事にするよ。こんな素敵なもらった後では出しにくいんだけど……」 「え、俺にもあるの」 「でも拘りとかあると思うし要らなければ返品効くから、好きなものを選んでね」  そう言って舞琴が取り出したのは、吹きガラスの細工に必要な口切りバサミだ。 「おお、まさかの仕事道具」 「だから拘りもあると思うし、本当に無理して使わなくて良いからね」 「いや嬉しいよ。これもしかして有名な職人さんのハサミじゃない?凄いな。めちゃくちゃ嬉しいよ、ありがとう」  煌耶はプレゼントを箱にしまい入れてカバンにしまうと、食後のコーヒーを飲んで、早く帰りたいと呟いた。 「どうしたの、そんなにソワソワして」 「舞琴が可愛いから、早く家に連れて帰りたい」 「うっ」  思わず飲んでいたコーヒーで咽せて変な声が出た。
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