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「今日もルイは賢いなぁ」
久重の自宅玄関で、足元で尻尾を振りながら見上げてくるルイの頭を撫でる。嬉しそうに輝く瞳がまるで笑っているように見えて、不破も口許を綻ばせた。
『不破さんが来ると足音で分かるみたいですよ。』
久重の白い手がゆっくりと動き言葉を紡ぐ。
その手が止まり、代わりに薄い唇が開いた。
「いあっはい(いらっしゃい)」
どこか照れたようにも見えるその表情に、不破の胸が締め付けられた。久重の一つひとつの言葉や表情に、その都度ドキッとさせられる。恋人になったのだからそろそろ慣れても良さそうなものなのにと、自分でも可笑しくなる。
「おじゃまします」
言葉と共に手を動かせば、久重は「おうぞ(どうぞ)」と背中を壁に寄せた。
想いを伝えたあの日から、不破の手話は簡単な日常会話程度ならできるまでに上達した。まだ複雑なことや専門的なものまでは分からないが、日に日に久重の手話が理解できることが素直に嬉しい。
久重は久重で、不破の拙い手話を読み取り、その手の動きが違うときには丁寧に教えていた。
二人の会話には今でもノートは不可欠だが、互いに歩み寄りながら交わす言葉はそれだけ想いを強めるものでもあった。
「うい(ルイ)」
ソファに座り愛犬の名前を呼ぶと、二人の後を付いてきていたルイが心得たように久重の足元に走りより座る。優しくその首筋を撫でる久重の表情は穏やかで、不破は無意識に頬へと手を伸ばしていた。指先が触れると、久重の視線がルイから不破へと移った。
『何かついてますか?』
「っ、その…」
僅かに首を傾げる仕草に思わずグッと言葉が詰まる。無意識なのだから自分でも触れた瞬間にハッとした。
『ごめん、何でもないよ』
『謝らなくても』
ワタワタと返せば、その様子が可笑しかったのか久重が笑う。
楽しげなその様子に赤くなる顔を隠せば、手首をクイッと引かれた。
「っ、なに?」
『顔隠しちゃダメです。あなたの言葉はちゃんと読みたい』
手首を掴んだままサラサラとノートに綴られ、ますます顔が赤くなる。
「ふあさん?」
「…まいった、惚れ直す」
「っ、あにいっえるんあか(何言ってるんだか)」
思わず溢れた本心に、今度は久重の顔が朱に染まっていたー。
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