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 時は入部から2ヶ月経った、とある平日の練習終わり。 今週は白戸が片付け当番を任されていた。 急ぎ気味に体育館を駆け回り、 玄関で待っている同じ推薦組の友達のもとへ急ぐ。  防球ネットを倉庫へ運び入れる途中で、 廊下からコツンコツンと不気味な音が立て続けに鳴った。 不審に思った白戸が斑に剥げた鉄扉を慎重に滑らせる。 そこでは、空井が冷気の中を藻掻いて、ひたすら壁打ちに専心していた。 卓球部の練習はいつも午後6時過ぎに終わる。 学校が施錠されるのは7時ちょうど。 その空白の1時間弱を、空井は毎日欠かさず自主練習に当てていたのだった。 澄んだ汗がワックスの照る床に落ちては、 猛烈な足捌きによってすぐに揉み消された。  推薦組に比べて未完成な一般組は、 卓球台の数が限られていることもあり、何かと後回しにされている。 全体の練習時間は球拾いばかりで、満足に技術を習得できずにいた。 加えて、顧問は推薦組に付きっ切り。 我流で構築した打球フォームは無論、乱れに乱れていた。 そのような中でも、縦横無尽に跳んでいく球に 必死に食らいつこうとする胆力には目を見張るものがあった。 もう早色のくすんだラケットが、まだ中学生らしさの残る右手に握られる。 荒削りのスイングが熱を持った風を作り出し、 それはピンポン球に闘志を吹き込む。 驚異的な一部始終は確実に白戸を感化した。 集中している空井を邪魔しないよう扉を閉め直すと、白戸は大きく息を吐く。 「……よし」 心を決めた彼は玄関の方へ一目散に駆けていった。
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