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「つまりね、私はもう死んでいるの。三年前の夏に、交通事故で。気づいたら実家に居て死んだって言う自覚もあったから幽霊なのかと思っていたら、杏心ちゃんに見つかったの。杏心ちゃんって霊感強いんだよね。知ってた?
それから杏心ちゃんは毎日、私に姉さん聞いてって日常のあれこれを話すようになったんだ。すると、不思議なもので私が見えていなかった母も父も見えるようになって、会話もできるようになったの。うちって霊感強い家系だったのかな? って感じでね。杏心ちゃんと母と父と喋っても私は全然現世に残っちゃっていて、いつになっても成仏できないんだ。未練あるのかな? って杏心ちゃんと相談するようになってさ。
杏心ちゃんからすると、姉さんと喋れるの嬉しいって私の成仏に対して真剣に考えてなくて。けど、母も父も葬儀もしてくれて、そこには友達も会社の同僚もいて、ちゃんと私の死を悲しんでくれたんだよね。なら、ちゃんと成仏しないと悪いよ。だから、早く成仏しなきゃって私、あれこれ行動していったの。
読まずに置いてた本を全部読んで、見たかった韓国ドラマを見て、書き損ねた遺書も書いてさ。それでも成仏できないの。気持ちとしては寝れない夜に似てるかも。寝なきゃって思うほど焦ってきちゃうよね? あんな感じ。そんな風に過ごしてたら、杏心ちゃんが怒っちゃって一人暮らしを始めたの。
姉さんは私と一緒にいたくないんだって。杏心ちゃんって昔から私の前ではホント子供なの。そういうところが可愛いんだけど多分、杏心ちゃんは私が死んだことを実はちゃんと受け入れられてなかったんだろうね。亡くなったと思ったら家に普通にいるんだもん。そりゃあ、受け入れられないよね。
だから、杏心ちゃんの一人暮らしはお互いにとっても良い判断だったんだと思うの。杏心ちゃんが家を出てからも、私は母と父とコミュニケーションがとれて、ご飯を一緒することもお酒を飲むこともできたのね。と言っても、今の私は身体はないから、お酒をどんなに飲んでも酔わないんだけど。そんな風に普通の生きてる人みたいに生活していると、実は私って死んでないんじゃないかな? 悪い夢なのかな? って思えてくるのね。で、外に出てみると、誰も私のことが分からないんだ。仲が良かった友達であっても、私に気づいてくれない。やっぱり私は死んでいるんだって分かって辛くなるの。
死んでいるのにご飯も食べれて本も読めて、韓国ドラマも見れる生活ができちゃう。中途半端だよね。この中途半端さが苦しかったんだぁ。事故で死んだくせに、幽霊の自殺の方法とかネットで調べたりしちゃったもんね。そうネットも私できちゃうんだよ、厄介でしょ。
間が差しちゃったんだろうね。私は私として誰かと関わってみたくなって、マッチングアプリに登録したの。生前の一番盛れてる写真を選んでね。……あれ? 君どうしたの? って、冗談だよ。言いたいことは分かるけど、もう少し続けさせて、ね?
で、マッチングアプリはじめたら、色んな人から凄い量のメッセージがきたんだ。ほら私、働いていないし毎日、韓国ドラマ見るくらいしか予定ないから一日中色んな人とやりとりしたの。楽しかったんだ。
けど、私は幽霊だから会おうってなっても、相手は私を見つけてくれないの。電話も声が届かない。私ができるのはメッセージだけ。そりゃあそうだよね。
ちょっと残念なんて思っていたら、杏心ちゃんが実家にちょこちょこ帰ってくるようになって、お姉ちゃん何してるの? って聞いてくるのね。マッチングアプリって言うと食いついてきて、どんな人とやりとりしてるの? って興味津々なのね。
私もなんか自慢したくなっちゃって、こんな人とやりとりしてるんだよって杏心ちゃんに写真とかプロフィールとか見せたりしたんだ。ちょっと恥ずかしい話だけど私、交通事故に遭うまで彼氏いたことなかったんだよね。好きになる人はいたんだけど、実らない恋ばっかりしちゃってたんだ。
理想が高いつもりはないんだけどね。私が好きになった人は私を好きになってくれないの。多分、そういう呪いにかかっていたんだよね。幽霊になっても、それは変わらなくてね。いいなって思う人ができて、やりとりは楽しいのに電話も会うこともできない。メッセージだけ。
そんなんじゃ彼氏はできないよね。けど、私はそれで満足していたの。だって、メッセージで私のことを知ってくれるし、相手のことだって知れるし、日常の些細なことを報告し合うことだってできるんだから。
うん? そう。私はそうやって自分を納得させてたの。正直、マッチングアプリをはじめて、私は死にたくなかったって本気で思ったよ。成仏したくない。もっと現世にいたいって心から思った。
そんな想いが溢れて、ある日杏心ちゃんの前で泣いたの。どうして、私死んじゃったんだろ? って。生きてたら色んな人に会って喋って、ご飯を一緒に食べに行ったりできたのにって。もしかしたら、その中の人と付き合って、一緒に住んだり結婚したりできたかも知れないのにって。
どうしようもないよね。だって、私は死んでいるんだもの。
けど、そんな私のどうしようもない泣き言を聞いて、杏心ちゃんがマッチングアプリを始めたの。
姉さんが嫌じゃなかったら、私が姉さんの会いたい人に会ってくるからって。正直、そういうことじゃないんだけどなぁと思ったんだけど、私の想いを杏心ちゃんが伝えてくれるのは素敵なことに思えたの。
もう分かってるよね? そのマッチングアプリで私がやりとりしていた相手の一人が、君だったの」
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