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1. 衣替え
-祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
おごれるもの久しからず、ただ春の夜の夢のごとし-
(春の夢ゆうたらシェイクスピアに『真夏の夜の夢』、いうのがあったな-)
「沙羅!手が止まってるえ!」
「あっ、かんにん!」
やや剣がこもったその声に慌てて止めていた作業を再開させた。
「お母さん、籐椅子とあじろは出したえ」
「よろし。ほな、後は襖をよしずに変えるだけやな」
「一番面倒なのが残ったな」
私は溜息をついて、残った襖を見た。
「その前に休憩し。北区の叔父ちゃんから今年の梅の出来はどうやって聞かれてるしな」
そう言って差し出してくれた梅ジュースのお相伴に、ありがたく預かることにした。
「もうやめにしたほうがええんやないの?-衣替え。おばあちゃんかて満足してるよ」
梅ジュースを飲んだあと、お母さんに向かってそう言った。
山に囲まれた京都の夏の暑さは半端やない。
ましてや築何十年を超える古い家をまるごと仕様を変えるとなるとひと仕事。
「そやけど、これをせえへんやったら負けた気がするねん」
「何に?」
「自分に」
「はあ?何なんそれ。意味わからへん」
毎年憑かれたように家中の衣替えをするお母さんに、私は正直驚きを通り越して感心すら覚えてしまう。
「とにかく、これはうちの意地や。好きにさせてな」
「はいはい」
お母さんは一度言いだしたら聞かへん。梅ジュースを飲み干すと、私達は襖の張替えにかかった。
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