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4. 祖母の思い出、母の思い
「いつまで降るねん、このうっとおしい雨…」
絹子は庭先から勢いよく地面に振り付ける雨だれを睨みつけた。
昔の人はこの雨を慈雨というたけど。
昔から、雨は嫌いだった。特にこの時期の雨は。
母の家は、いわゆる『町家』。典型的な京都の昔の家。
今でこそやれカフェやらなんやら騒がれてるが、維持するのは意外と骨が折れる。
毎年の衣替えも、本音を言えばやめてしまいたい。
―そやけど。
絹子は歯がゆい思いを噛み締めた。
この街にいると、どこまでも母の影がついて回る。
―なんぼ辛い事があっても、雨が全部忘れさせてくれるんえ。
母はいつもそう言っていた。
絹子はここで、いつも母と一緒に『父親』を待ち続けた。
一度、舞って欲しいとせがんだ自分に、うちわを手に小紋姿で優雅に、だが儚げに舞って見せた母。
子供ながらに強烈なあこがれと嫉妬心を感じたのを未だに覚えている。
絹子が芸妓としての母の姿を見たのはあのときだけ。
後はいつ来るかわからない男を待つ女の背中しか知らない。
―にゃああん。
「あかん、せんを外に出したままやった」
記憶にある母の亡霊を彼方に追いやり、慌てて網戸を引いて飼い猫を廊下に引き上げた。
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