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Side A【サクラ】
ナナを連れて散歩に出ると、道の向こうからケントが走ってきた。
「よう、サクラ。久しぶりだな」
水色のTシャツを着た彼は、息を整えながら言った。リードの先にいるマリンも、お揃いの服に身を包んでいる。
「どうしたの、走ったりして」
私が訊ねると、ケントは「いやあ」と苦笑した。
「ここんとこ、こいつが運動不足でさ。これ以上太るといけないから、一緒に走ってやってるんだ」
「へえ、大変だね」
私はちらりとマリンを見た。確かに、出会ったときより一回り大きくなった気がする。引き締まった体型のケントとは大違いだ。
「大変っちゃ大変だけど、それはサクラだって同じだろ。ナナの食欲、少しは戻ったのか?」
ケントは心配そうにナナを見た。当のナナは、きゃいきゃいと甲高い声を出してマリンとじゃれ合っている。
「それがさあ」
私は顔をしかめ、ケントに向き直った。
「丸一日なんにも食べなかったのに、次の朝からいきなりばくばく食べだしてさ。ほんと気まぐれっていうか、なんていうか……」
心配して損した、と鼻から息を吐く。
「こっちは生きてる心地がしなかったのに」
自分がどれほどナナに依存しているかは、理解しているつもりだ。もしナナが死んだら、私は生きていられるかどうかわからない。
「まあ、そう怒るなよ。元気になってよかったじゃないか。なんだかんだいっても、大事な家族だろ?」
「……まあね」
私は小声で答え、照れ隠しに顔を背けた。
「ほら、行くよ」
リードを引っ張ると、ナナは驚いたようにこちらを見た。
「そうだ、俺もまた走らないと」
ケントもリードを引き、マリンに合図する。
ナナとマリンは私たちを見て不満そうな顔をした。たぶん、まだじゃれ合っていたいのだろう。私はそれに気づかないふりをして、強くリードを引っ張った。
Side B【ナナ】
「ごめんね、じゃあまた!」
私は手を振り、マリンたちと別れた。公園に続く道を歩きながら、前を行くサクラに問いかける。
「もう、どうしてそんなに急ぐの? マリンともっと話したかったのに……。もしかして、久々にボール遊びがしたいとか?」
サクラの足がぴたりと止まった。図星だったのだろうか。――いや、言葉が通じるわけがないし、単なる偶然だろう。
サクラはこちらをちらりと見やり、ふんと鼻を鳴らした。まるで、飼い主を馬鹿にするように。
そして小型犬とは思えない力でリードを引っ張ると、私を公園へと連れていった。
(了)
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