週末の楽しみ

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週末の楽しみ

 土曜の12時になった。  僕は、週末のこの時間を楽しみにしている。  そう、この時間は、僕が大好きな『Liveでドッキリ』が放送されるからだ。 テレビのチャンネルを合わせると、既にオープニングが流れていた。   (しまった、もう始まってる…)  僕は慌てた。  なぜなら、画面には、僕が大好きな「雪平葵」が映っていたからだ。  『Liveでドッキリ』は、有名人にドッキリを仕掛ける番組だ。ドッキリ番組はいくつかあるが、この番組の特徴は、タイトル通り生放送でドッキリを仕掛けることだ。そのため、通常の番組のように、都合の悪い映像が編集でカットされるようなことも少なく、臨場感のあるやり取りが人気の理由だ。  番組の予告もなく、ドッキリを仕掛けるターゲットは番組が始まるまでわからない。予告を事前に行うと、本人が気づく恐れがあるからだ。  雪平葵ファンの僕は、彼女が今日のターゲットと知り、テレビの真正面に正座し、番組を見始めた。  今日のドッキリの内容が司会のマツショウから紹介された。大まかにはこうだ。  まず、雪平が同じ事務所に所属する親友の彩香を電話で呼び出す。そして、二人で、雪平がかねてより行きたかった銀座の高級寿司店 吟寿司でランチを取る。仕掛け人の綾香は、店の大将の前で、美味しい寿司に対し辛口評価を連発する。その時の、雪平の反応を楽しむというストーリーだ。仕掛け人は、雪平の事務所の社長、綾香、そして、吟寿司の大将だ。  ドッキリが始まった。  まずは、事務所の社長が、雪平に話しかける。 「葵、もうすぐ誕生日ね。前祝で、葵が前から行きたいと言っていたお寿司屋さん、予約入れているから」  雪平が、驚く。 「今から綾香を呼び出して行ってくれば。綾香は確か、予定空いているはずよ」  雪平の表情が、驚きから満面の笑みに変わる。 「え~っ。ほんとですか! 社長、ありがとう」  雪平は、スマホを取り出した。  綾香の電話番号が最近変わったのだろうか?  雪平のスマホには綾香の番号がまだ登録されていないようだ。彼女は、手帳を見ながら、スマホに番号を打とうとしていた。  突然、僕のスマホが鳴った。  画面を見ると、登録していない番号が表示されている。 (誰だろう…?)  そう思いつつ、半分はテレビに意識が行っていたため、何気に電話を取った。テレビの中の雪平は、スマホに番号を打っている。  若い女性の声が、僕のスマホから聞こえた。 「あっ、彩香。葵だよ。社長がね、銀座の吟寿司を予約してくれて。今から出てきなよ」 (えっ…? 何これ???)  僕は混乱した。胸が、ドキドキしていた。  数秒遅れて、テレビから同じ声が聞こえた。 「あっ、彩香。葵だよ。社長がね、銀座の吟寿司を予約してくれて。今から出てきなよ」  僕は益々混乱した。 「綾香、ねえ綾香、聞いている?」  スマホの女性は続けた。  先程と同様に、遅れて、テレビから同じ声が聞こえる。  僕は、やっと気づいた。 (生放送中の間違い電話だ…。スマホの女性は…雪平葵?!)  僕は、恐る恐る応えた。 「あの~、番号、間違っているようですが」 「あっ、すみません。間違えました。失礼しました」  電話は切れた。数秒遅れて、 「あっ、すみません。間違えました。失礼しました」  と、起立してスマホ越しに謝る雪平の姿が目の前のテレビに映った。司会のマツショウがすかさず突っ込む。  生放送中の間違い電話は、僕にとって、なんとも不思議な光景に映った。  その後、雪平は綾香に電話をかけ直し、予定通り予約していた吟寿司に行き、お寿司を食べた。途中、綾香がきつい口調で大将に辛口評価を行うので、雪平は冷や汗をかきながら「私は、とても美味しいと思うよ」と必死のフォローを入れた。さらにマツショウの絶妙なツッコミもあり、番組は順調に進み、終わりに差し掛かっていた。  しかし、番組の盛り上がりも、僕の頭にはほとんど入ってこなかった。  僕のスマホに、『雪平葵』の電話番号が残っている。  僕は、間違って消さないように、慎重に、電話帳アプリに登録した。  13時に近づく頃、マツショウの相方トシが、『Liveでドッキリ』と書かれたプラカードを持って雪平の前に現れた。安堵の表情を浮かべた後、少し怒りながらも笑みを浮かべる雪平が映り、無事、番組は終了した。  それから10分が経った頃。  僕のスマホに着信があった。  画面には、先ほど登録した「雪平葵」の名前が表示されていた。  ドキドキしながら、電話を取った。 「私、歌手をやってます雪平葵という者です。先ほどは、大変失礼しました。私のこと、ご存じでしょうか?」  僕は、「はい、存じております」と即答した。雪平は続けた。 「ありがとうございます。失礼ですが、お名前を教えていただけますか?」 「岩田雄一と言います」 「岩田さん、今日は本当にすみません。間違って、お電話してしまって」  雪平は、丁寧に謝罪した。 「岩田さん、大変申し訳ないのですが。この電話番号、私が長い間使っている番号で。あまり変えたくないので、誰にも教えないで頂けないでしょうか?」  とお願いをされた。僕は、 「はい。大丈夫です」と即答した。 「誰にも言いません。実は、僕、雪平さんの大ファンで、今日も放送でお見掛けして、本当にうれしかったです。雪平さんが困ることは絶対にしません。安心してください」  そう言うと、雪平は、 「岩田さん、本当にありがとうございます。歌手活動とか頑張っていきますので、今後とも応援、よろしくお願いします」  と言って、電話を切った。  それから僕は、雪平との約束を守り、電話番号のことを誰にも言わなかった。本当は、友達に自慢したい気持ちもあったし、雪平に電話を掛けたくもあった。しかし、それをしっかり我慢した。
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