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10年前の出来事
僕が雪平葵のファンになったのは、小さい頃のある出来事が関係する。
僕が小学4年生の時、奥多摩に家族でキャンプに出掛けた。昼過ぎ、川で遊んでいると、上流の方で雨が激しく降ったらしく、その雨で川が一時的に増水し、僕は中州に取り残された。その時、別でキャンプに来ていた女の子も一緒に取り残された。歳は同じ10歳だった。
川は徐々に増水して、とても子供達だけでは渡れない深さと勢いになっていた。
ただ、僕の親もその子の親もこの状況に気付かず、バーベキューの用意でその場には居なかった。
僕たちは、大きな声で、何度も岸に向かって叫んだ。
しかし、岸には人影が全く見えなかった。
10分位経っただろうか。
横にいた女の子は、不安になったのか、目に涙をためていた。出す声は、今にも泣きそうなものだった。僕は言った。
「大丈夫。もうすぐ、お父さんかお母さんが気付いて助けに来てくれる」
僕は、努めて笑顔で、そして元気に言った。女の子は、
「流されたらどうしよう」
と不安な顔をした。僕は、女の子を励ますように何度も「大丈夫」と答えた。
突然、女の子が聞いてきた。
「お名前、なんていうの?」
「雄一」
「私は、美月(みつき)。雄くんって呼んでいい?」
彼女は続けた。
「雄くんは怖くないの?」
僕は首を縦に振った。
「雄くん、私たちが助かったら、いつか、私、雄くんのお嫁さんになりたい」
この状況で突然、何を言い出すのか?!と僕はびっくりした。
けれど、悪い気はしなかった。いや、むしろ、嬉しかった。多分、未来に少しでもつながる気持ちを持ちたかったのかと、今ではそう思っている。
僕は、何が何でも、美月ちゃんを助けたいと思い、さらに岸に向かって声を強めた。
さらに10分位経った。
「おーい、大丈夫か?」
岸辺に両親の姿が見えた。
「水が増えて戻れない」
「すぐに行く。待っとけ。絶対動くなよ。」
車に戻り、父は、釣り用で準備していたライフジャケットをつけ、岸辺の木と自分を長いロープで縛ると、二つのライフジャケットとロープを持って川を渡り始めた。
流れがかなり強かったが、体の大きな父は何とか渡り続け、1分程度で僕たちが取り残された中州に着いた。すぐに、僕と美月ちゃんにライフジャケットをつけ、三人をロープでそれぞれつなぎ、美月ちゃん、僕、父で岸に向かって歩いた。
途中、美月ちゃんのお父さんとお母さんも気づき、双方の親が協力し、僕と美月ちゃんを引き上げてくれた。
その後、通報で駆けつけてくれた消防の方に状況を説明し、夕方には、僕たちは自由になった。
その晩は結局、泊まる予定だったキャンプをやめた。ただ、帰る際、双方の親で話したようで、美月ちゃんの家族と僕の家族は、ファミレスで食事を取った。僕たちは、昼間の怖かった体験や、助かって良かったという話を何度もして、みんなで今、食事ができていることを喜び合った。
ファミレスを出て車に乗ろうとすると、美月ちゃんが走ってきた。
「今日は、本当にありがとう。雄くんのおかげで、心強かった。雄くんとのこと、美月は一生忘れないよ」
そう言って、また、来た方向に戻って行った。
家族同士で連絡先の交換はしていなかったようで、その後、美月ちゃんと会うことはなかった。
ただ、別れ際の美月ちゃんの表情や一言にドキドキしながら家路に着いたことは、10年経った今も忘れられず、あの時のことを時々思い出す。
昨年の夏、友達に誘われて雪平葵のライブに出かけた。
そこで初めて雪平葵を見た僕は、彼女に、10年前に会った美月ちゃんに似た雰囲気を感じ、そこから雪平葵が気になり始め、程なく僕は彼女のファンになった。
それが、僕が雪平葵のファンになったきっかけだ。
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