突然の電話

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突然の電話

 あの間違い電話から、一か月が経った。  突然、僕のスマホに着信があり、画面には『雪平葵』と表示された。 「突然すみません。雪平です。岩田さん、今、お電話のお時間ありますか?」  僕は、雪平と話せることは二度とないと思っていたので、突然の着信に嬉しさが込み上げ「はい」と即答した。 「岩田さんに間違い電話をかけてかなり時間が経って。失礼ですが、私、本当は、私の電話番号がネットに出回ると思っていたんです。」 「以前、住んでいたマンションの住所が、宅配業者のSNSへの書き込みで出回ったことがあったので。」  雪平は続けた。 「ただ、電話番号は全く出回っていないようで。私、岩田さんが、本当に誠実な方だと思ったんです。」  その後、雪平は、僕に色んな事を聞いてきた。僕は、自分の事を話した。年齢が20歳であることや昨年、雪平のライブに友達に誘われ、それ以来ファンであること、そして、都内の荻窪に住んでいることなども。  すると、雪平は、自分が吉祥寺に住んでいることを教えてくれた。そして、 「実は私、今、すごく悩んでいることがあって。でも、芸能界の知り合い以外の方に意見が聞きたい内容で…。岩田さん、もし、よろしければ、お会いして相談に乗ってもらえませんか?」  雪平の言葉に僕は驚きつつも、「はい」と即答し、会う場所を決めた。次の土曜日、二人が住んでいる所から比較的近い吉祥寺の井の頭公園で12時15分に待ち合わせた。  やけに細かく時間を刻むなと思いながらも、僕は、雪平との出会いを楽しみにしていた。  土曜日になった。  僕は、南荻窪に住んでいたため、一度、荻窪まで出てJRで行くかどうか迷ったが、天気も良かったので、待ち合わせ場所まで自転車で行った。  12時には、井の頭公園に着いたので、そのまま、待ち合わせ場所のベンチで雪平を待っていた。ベンチは、目立たない場所にあり、井の頭公園にもかかわらず、周囲にはほとんど人影がなかった。  約束の12時15分ピッタリに、少し薄めのサングラスを掛け、帽子を深めにかぶった雪平がやってきた。 「岩田さん、こんにちは」  初めて至近距離で見る芸能人、いや雪平葵は、僕が想像していた以上にかわいく美しかった。 「今日は、ありがとうございます。どうしても、岩田さんに相談したいことがあって…。私、この先、歌手を続けて行った方がいいのか、それとも止めて、以前から通いたかった大学を受験した方がいいのか迷ってて…。」 「事務所の社長や芸能界の友達は、皆、続けるべきだと言うんですが、それが本心かどうか迷ってて。大学生の岩田さんなら、率直な意見を言ってくれると思って…」  雪平が、そう言って僕の方を向いた瞬間であった。  少し離れた場所から3人の男がやってきた。  僕は、ドキドキしていた。  見るからに横暴そうな彼らは、雪平の横に立ち、 「お前、雪平じゃないか?」とその中の一人が言った。 「やっぱり雪平だよ」「そうだよ」と残りの二人が言い、 「芸能人ぶってサングラスなんか掛けやがって。お前が前から気に食わなかったんだよ」  と心無い言葉を浴びせた。  雪平は強く相手をにらみ返し、「行こう」と私の手を取った。  それを見て、一人の男が雪平の肩に手を掛け、「待てよ」と力強く引っ張った。  その瞬間、僕に激しい怒りが湧いてきた。同時に、雪平を守りたい想いで 「おい、手をはなせよ」  と、男の手を払った。  そして、その男の胸倉をつかんで、にらみつけた瞬間だった。   突然、テレビで見慣れたトシが緊迫した雰囲気に合わないにこやかな顔で、木の陰から現れた。手には『Liveでドッキリ』のプラカードを持っていた。次に、建物の陰から、カメラマンや多くのスタッフがぞくぞくと現れた。  トシは、僕に向かって「ドッキリ、大成功!」と叫び、もう一度カメラ目線で繰り返した。  雪平も、カメラに向かって、ピースサインをしている。  僕は、トシの顔を見て、そして、土曜日のこの時間ということを思い出し、これが『Liveでドッキリ』だと気づいた。  トシは、続けた。 「実は、お母さんから雪平葵さんのファンである雄一さんにサプライズを送りたいと番組に応募がありまして、番組でドッキリを仕掛けました!」  僕は、まだドッキリの全体像が見えないままでいた。 「どこからがドッキリですか?」 「雪平さんが、間違い電話をあなたに掛けたところからドッキリが始まってました。雪平さんには、雄一さんのお母さんに教えてもらった雄一さんのスマホに、電話をかけて頂くように頼んでいました。ただ、その回で、綾香さんと雪平さんがお寿司屋に行ったのは、雪平さんへのドッキリです!」 「えっ、それじゃ、あの電話番号は?」 「あっ、あの番号は、スタッフが準備したスマホの番号です。そのスマホをそのまま雪平さんに預けていましたが、雄一さんからはその後かかってこなかったので、雪平さんからあなたを誘うドッキリに切り替えました!」  僕は、やっと全体像が見えた。  遠くに、母親の姿が見える。 (僕は、だまされていたんだ…)  不思議と怒りはなく、母と雪平にドッキリを仕掛けられた驚きと、そして3人の男が仕掛け人だと分かったことで、少しほっとした気持ちになっていた。  ただ、雪平とプライベートでつながっていると思っていた、その想いだけが寂しさに変わるのを感じた。  番組的には、いい画が取れたようで、スタッフは概ね満足そうな顔で、最後の場面の準備をしていた。  番組の最後は、みんなで「ドッキリ大成功」と唱和して終わるのが定番となっており、その時間まで15分位あった。僕は雪平とベンチにそのまま座り、終焉の時間が待っていた。 (これで、雪平葵と会うのも、話すのも最後かな…)  急に、寂しさが増してきた。
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