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ブーンとエンジンと唸らせている車のハンドルに、僕はあごを載せた。
色あせた木の玄関ドアや、黒ずみの目立つクリーム色の外壁をヘッドライトが照らしている。
僕が戻り次第ここを出て、船の待つ港へ向かおう。そう決めていた。
なのに、董子が現れない。
車の音が聞こえたら、すぐ外へ出てくるはずだったのに。
1度エンジンを切りかけ、僕はその手を下ろす。
船の出発までもう少し時間はあるが、余裕たっぷりでもない。ホラー映画ではよく、緊迫した状況に限って車のエンジンはかからない。そして登場人物、特にカップルは悲惨な運命の餌食になる。
僕たちを待ち受ける悲惨な運命の輪は、すでに回り始めている。その運命から、僕と董子をわずかでも遠ざけてくれる「船」。
乗り遅れたくはない。
僕はエンジンかけっ放しの車を降り、中に催促の声をかけようと玄関のドアノブをさっと引いた。
上がり框に置かれたキャンプ用ランタンに浮かぶ、ぬっと立つ人影。
僕は一瞬固まり、すぐ融けた。
「なんだ……董子。出るとこだった?」
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