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「たすけてぇぇ! おねえちゃああん! 痛いよ、痛いっ! 助けてえええええ!」
誰かが叫んでいる。横を見ると弟が首元を掴まれて悲鳴を上げていた。失神していたのか。そうだ。私達は――殺されるんだ。
「お前たちが悪いんだ! 被害者面しやがってよお! 死んじまえ、クソ蛆虫が!」
お父さんの声。ずっと耳の奥に残っていた声。一番多く聞いた声。
「お前らがあいつにあんな事を言うから……! 会社も首になって! 就職先もなくなって! 糞が!」
お母さんじゃない別の女の人と、仲良く手を組んでお城のようなところに入っていったお父さん。お母さんは社長だから忙しくていつもうちにいなかった。
「殺してやる! ……刑務所の中なら三食食えるからなあ」
お父さん。お父さん。いつも側にいてくれたお父さん。頭を撫でてくれたお父さん。お菓子を買ってくれたお父さん。いつも正しかったお父さん。怖い犬から守ってくれたお父さん。お父さん。
「たすけてえええ! 痛いよお、嫌だあぁぁぁぁあ!」
「雪に助けてもらえるとでも思ってんのか? 気持ち悪い人形みたいだなあ!」
私はお父さんがいてくれたら、お母さんがいなくても良かった。でもお父さんは私達がいると怒る。前に本で読んだんだ。こうやって、どうにもならない悲しくて辛いことを絶望って呼ぶらしい。
「お前らのせいで俺の人生は絶望しかないんだよ!」
ねえお父さん。私はもう絶望したくないよ。とっても辛いよ。胸が痛くなるんだ。泣いてもどうにもならなくて、心が冷たくなる。絶望は嫌い。だから、これを私達とお父さんの最後の絶望にする。
「死ねええええ!」
「やめてええええ!」
お母さんが使っていた包丁。お父さんがさっき取り出したもの。床にいっぱい落ちている。包丁って思ってたよりも重い。
「ぐはっ」
お父さんが後ろ向きに倒れる。やっぱり、絶望をなくすには、こんなに赤い絶望で塗りつぶすしかないんだ。昔お父さんがやったみたいに。
「おい、雪い! クソ野郎があ! お前も、お前もあのくそ女の子供だからかああああ!」
ばいばい、大好きだったお父さん。
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