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無言のまま帰宅を促す圧力をかけ続けるアルエラに、ジオードはその穏やかな表情にほんの少し困ったような色を乗せて、そうですか、呟いた。 (そうよ、そうなの、話なんてしなくていいの。だってわたくしはあなたの悪い妻になる予定なんだから) 扉でも開けてやればさっさと帰ってくれるだろうか。 さらさらと衣擦れの細かな音を立てて、そっとアルエラは立ち上がった。 要するに。 いっそのこと、このつんとした顔と悪評を使ったら、結婚後もひとりで静かに暮らせるようになるのではないかとアルエラは考えたのだった。 気位が高くて優しさもたおやかさもない、いい噂なんて一つもない妻。 そういう存在になって、アルエラを放っておいてくれるのなら愛人も認めるし子供だって産ませて構わない、だなんて言ったらきっとジオードは悪い噂そのままの妻を腫物に触れる様に扱うだろう。 押し付けられただけの悪妻だが家同士の関係もある、別邸のひとつと生活の保証くらいならば間違いなく得られるはずだ。 (どうせこの男だって、金と繋がりが目当てなんでしょう) お互いを知らないことが問題だなんて心から言っているようには思えない。 ジオードは穏やかさだけが取り柄といった感じでおとなしい性質のようだから、家長の命に背くわけにもいかず仕方なくといったところか。 だったら、アルエラが可能な限り自由を確保しようとしたっておあいこというものだ。 扉を目指してゆっくりと歩くアルエラは、耳の端で窓枠を打つ雨音を聞いた。 今日はすこし風も強いようだから、婚約者のお帰りを促すにはもってこいの天気だ。 アルエラは笑みを崩すことなく口を開く。 「嵐になるといけません、早くお引き取りになったほうがよろしいんじゃないかしら」 ジオードは従うだろう。 今までだって、アルエラのこういった拒否にあって抵抗したことなど一度もなかった。 怒りを示したり嫌味を言うこともないし、ほっとしたようにそそくさと帰ることもなかった。 ただ、さきほどから浮かべている少し困ったような穏やかな表情でまた来ると丁寧に告げて帰っていくだけ。 どうせ今回も同じだ。 確信しているアルエラは、返事を待つことなく歩み続けた。 しかし大きく作られた窓の前を通り過ぎて、扉まであと一歩の距離まで差し掛かったとき、さらさらというドレスの衣擦れの音は唐突に止まった。 「婚約してしまえば素直になってくださるかと思っていたんですが、なかなか上手くいきませんね」 「…え?」 何が起こっている。 扉まであともう一歩の距離なのに、アルエラの動きは止まってしまった。 思いもよらないなにかの手によって、易々と。 「帰りませんよ?だってまだあなたと少しも仲良くなっていませんから」 ジオードは微笑んだ。 穏やかな雰囲気は変わらない。 けれど今までのジオードならこんなことはしなかった。 こんなふうにアルエラの腰を抱き寄せて、強引に振り向かせるようなことは。
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