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「ずっとあなたが欲しかったんです、でもあなたは素直じゃないから機会を待つ必要がありました」
だってそうでしょう?
ジオードは小さく笑い声を漏らした。
「あなたは来た端から求婚を断っていたんですから」
「それは!あ…あんな方たちと結婚するなんて絶対に嫌だったからで」
「あぁ、違うんです責めているわけではなくて、あんな奴らと一緒くたにされて私の求婚を断られたくなかった、という意味です」
ジオードの長い指が、アルエラの髪を掬ってさらさらと弄ぶ。
「だから私は、あなたの父上が慌てて婚約者を探し始めるのを待っていたんですよ。ずっとね」
「ずっと、って…そんな…」
どうしてこの男は、いままでずっとアルエラを見ていたような口ぶりで話なんかするのだ。
だってジオードと面識はなかったはずだ。
つい最近決まった、見ず知らずの相手。
父親の職務を補佐する役割にある優秀な青年で、まだ新しい家柄の次男だとは聞いていたがそれ以上のことは知らない。
それはジオードだって同じだと思ってばかりいたのに。
これではずっとアルエラに強い感情を抱いていて、自分から婚約者になることを望んでいたということになる。
いつから?なにがきっかけで?どこかで会ったことがあったっていうの?
目を真ん丸にしたままのアルエラに、ジオードはひどく嬉しそうに笑う。
「気になりますか?私のことが」
「そ、れは…」
気にならない訳がない。
けれど、肯定したくないアルエラは悔しげにきゅうと唇を嚙み締めた。
それを見たジオードがこの上なく嬉しそうにまた笑うのが余計に腹立たしい。
「もっと気にして下さい。私のことばかり考えて、そうしたら雨音なんか気にならなくなるでしょう?」
雨音なんて、本当はとうに聞こえない。
嫌だ、とんでもなく悔しい。
なぜこんなことになってしまったのか、いまだ整理だってつかない。
けれどジオードの言うとおり、アルエラの頭の中にはもはや天気がどうこうという話題の入り込む隙間はなくなってしまった。
聞こえないなら降っていないも同じだ。
天気を変えて見せると言った言葉に嘘はなかった、宣言した通りの展開に持ち込まれてしまった。
それでも、そうですわねとは絶対に言いたくなくて、アルエラはきつく見られるはずの目で強い視線をジオードに向けた。
いままでのジオードなら、困ったような顔をして謝ってこの場を辞するとすぐに告げるはずなのに。
「悪い子のふりをしてもだめですよ、そんな顔をしたって可愛いだけだ」
「かっ…可愛いですって!」
「えぇ、とても可愛い。あなたがわたしの妻になる日が待ち遠しくて堪らないと思うほどには」
腰を抱いていた腕はもう一方の腕と背中に回って、もっと近寄るようにとやんわりと力をこめた。
抱きしめられている。
アルエラが経験することなんかないはずだった、恋愛の過程で生じる行為だ。
体温や、鼓動や、かぎなれない匂い。
こんなもの、一生知らないでいいと思っていたのに。
「アルエラ、雨が上がったらもう一度、婚約をやり直しましょうか」
ジオードはアルエラを解放する気など微塵もないことを知らしめるように、そっと腕に力を込めた。
「あなたが好きな晴れの日に、そうだな…遠乗りでもして、景色の良いところで、とか。今日はそういうことを、もっとたくさんお喋りしましょう」
残念ながら面会の時間は始まったばかりで、雨音だってもう少しも聞こえない。
気分が乗らないんだと、帰れという口実はいつの間にかすでになくなってしまっていた。
違う、絶対に違う。
別に屈したわけじゃない。
こんなの口だけで他の男たちのようにアルエラを体よく利用しようとしているだけなのかもしれないのだから。
だけど、でも。
「と、遠乗りは…好き、です」
確かにそれは、それだけは事実だ。
アルエラはもうどうしようもなくなってしまって、赤くなった耳を隠すこともできないままやけくそのようにジオードの胸に額を押し当てた。
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