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結局あのあと、早退させてもらった。滅多に風邪も引かず、お腹を壊すこともない私が早めに帰宅したことに、両親含め使用人達も驚いたらしい。おかげさまで、翌日もあっさりお休みをもらうことができた。
ズル休みです。ごめんなさい。でも、昨日の今日で、押せ押せ侍女さんとカラムさまに会うのは辛いんです。許してください。来週からまたしっかり働きますので。
などと神さまに懺悔していたら、自宅に押せ押せ侍女さんがお越しになりました。大きな帽子を目深に被り、幅広のスカーフで顔を覆った姿は、正直不審者である。そもそも誰が屋敷に通したの?
「……だい」
「え?」
「薬をちょうだいと言ってるの。わたくし、知っているのよ。あなた、王家の奇病を治した薬師なのでしょう」
「ちょっと落ち着いてください。まずは皮膚の状態を見せて頂かなければ、お薬はお出しできません」
「何よ、わたくしが醜ければいいと思っているのね! わたくしがあなたに意地悪だったから、仕返しをしているのだわ!」
自分が若干意地悪だったことには、気がついていたんだね。少しだけ意外に思いながら、それでも私はうなずけなかった。
「違います。日頃の行いは、治療には関係ありません。あの薬をお求めということは、おそらく皮膚の状態があまりよろしくないのでしょう。薬は使い方によっては毒にもなりえます。皮膚の状態を確認しないまま、薬を渡すことはできません」
「どうせ、ざまあみろと笑うに違いないわ」
「薬師が笑うはずがないでしょう」
それは薬師としての矜持だ。渋々外した帽子の下の顔は、赤くただれていた。もともと真っ白な肌だったからこそ、余計に炎症がひどく見える。
「何か心当たりはありませんか?」
「とある化粧品を手に入れたの。肌がよりきめこまかくなると評判のものよ」
「なるほど」
もしかしたら強めのピーリング効果があるのかもしれない。あれは、ちょっと使い方が難しいのだ。
「どのように使いましたか?」
「もともと毎日ではなく週に数回、しかもほんの少しで十分とは言われていたの。でも、それでは効果が薄かったから毎日たっぷり使っていたわ」
「おそらく原因はそれですね。何事にも適量というものがあります。度を越えた使用量で皮膚が過剰に薄くなり、炎症を起こしていたようです。まずは化粧水の使用を中止して、肌を保護する軟膏で落ち着かせれば大丈夫です。きっとすぐに良くなりますよ」
「ごめんなさい。わたくし、罰が当たったのね。ひとの話や注意も聞かず自分のことばかり。他人を傷つけた分がこんな形で返ってきたのだわ」
正直、その通りだと言いたくなる自分だっている。けれど、ここで彼女を馬鹿にするのは違うと思った。
目の前にいるのは、どこにでもいる恋する乙女。まあ、少しばかり傲慢ではあるけれども。
後悔する彼女の姿を愚かだと笑うことは簡単だ。けれど、根本は私も同じなのだ。身の程知らずだと思われることが怖くて、カラムさまに気持ちを伝えずに逃げ回る私には、貪欲に愛を求めにいく彼女の強さがまぶしかった。
べそべそと泣き続ける彼女に、使用人が近づいてきた……ってお兄さま? このどさくさに紛れて、どこへ連れていくつもり……。え、なに? 「これならほどほどに使い道がある」って聞こえたような……?
今の言葉は聞かなかったことにしよう。まあ、彼女はもともと自分から粉をかけていたわけで、この先お兄さまたちの役に立つならきっと本望に違いない。
カラムさまの想いはもう叶わないのだな。ただ、それだけがどうしようもなく心に残った。
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