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7月のある日。 去年結婚した俺の前に、7年前に失踪した恋人が戻ってきた。 7年前の夏。俺は二十歳で。 未だ深い愛憎を知らず、愛する人を守れる力すら持たず、何もかもが足りない只のガキだった。 α‬で、それなりに優秀で、そこそこの家の跡取り息子。権威主義で口煩いΩの母と、寡黙で厳しいαの父。その期待を一身に背負って、幼い頃から少し窮屈に感じながら育った、それが俺、宇崎 清人という人間だった。 下に弟も妹もいるし、どちらも‪α‬だが、代々長子承継を旨としてきた我が家で、弟や妹は単なる俺のスペアに過ぎないという扱いの上、母は俺にベッタリだった。 その所為なのか、二人はそれぞれ大学進学と共に東京に出て、それ以降滅多に帰ってこなくなった。 それでも母も父も取り立てて何を言うでもなかったが、俺は弟妹達を羨ましいと思った。俺の目から見ても、両親は弟妹に対して明らかに情が薄い。が、その分自由に生きられるのなら、俺もそっちの方が良かったと思っていた。 世の‪α‬やΩ達はその特異性から、総じて婚姻が早い傾向がある。だが俺の場合は、大学二年でやっと本気で惚れ込んだ恋人が出来たくらい、縁がなかった。モテなかったという訳ではないが、アプローチされ付き合っても何故か長続きする事が無かったのだ。 そんな俺に初めてできた恋人の名は、三津原 優真。同い歳のΩだ。俺の一目惚れで、猛アタックの末にやっと恋人になれた。 優真との出会いは、俺がたまたま行ったレストランだ。その店のウェイターで、席の担当だった優真と目が合った瞬間、俺は目が釘付けになり、胸が震えた。 それは優真も同じだったようだが、直ぐに正気に戻り、慌てたように目を逸らして離れていった。そりゃそうだ。 彼は仕事中で、真面目にホール業務をこなしていた。その日はその後、何の進展も無かった。だが俺はその二日後、一人で店を訪れた。 その時、初めて彼がΩだと知ったのだ。 優真は外見的にはそれなりに整ってはいるが、地味目な顔立ちでお世辞にも目立つタイプではなかったし、それに普通に働いているように見えたから、てっきりβだとばかり思っていた。 Ωフェロモンの放出や、定期的にヒートを迎えたりなど、他のバース性よりも制約が多く脆弱な体を持つが故に体力面にもこなせる仕事が制限されるΩを受け入れる職場は多くはない。 ヒートが来たら連休は取られるし、体調が悪くなれば急に休まれる。その皺寄せも穴埋めも他のスタッフに行くのだから、Ωは大抵の職場では敬遠されてしまう。 初めて話した時、その辺りが気になって今の職場で不自由は無いのかを聞いてみたら、 『あれ、姉さんの店なんだ。』 と言っていて、なるほどと納得した。身内の店ならシフトの融通も利くのだろう。 どうやら優真は他のΩよりも恵まれた環境にあるようだ、と…その時は思った。 何度も店に通って、付き合って欲しいと申し込んで、やっと了承を貰えた時には2ヶ月が経っていた。 その時には完全に優真にぞっこんだった俺は、とにかく早く優真を抱きたくて仕方なかった。でも一足飛びに番になりたいと言ったら引かれそうで、優真に会う度にモヤモヤして。 そんな俺に周囲からの誘惑は多かったけれど、他で発散しようなんて考えは頭になかった。 優真でなければ全て意味の無い事だと思ってたから。 付き合い始めて一週間目にキスをして、一ヶ月目にセックスをした。これはちょうど優真にヒートが来て、たまたまタイミング的にそうなったんだけど、俺は嬉しかった。 俺のペニスを飲み込んだ優真の柔らかい肉は、きゅうっと熱く締め付けて来て、何度でも俺から子種を搾り取っていこうと健気に肉壁を震わせた。その時の優真の艶めかしさを何と表現したら良いのか。 嗅覚と脳を痺れさせる、俺好みの甘い匂い、熱に浮かされ蕩けた瞳、俺の舌を求める蠱惑的なぬめりを放つ唇、俺を離したくないと腰に巻きついてくる細い脚。 堪らなかった。 そしてそのセックス以来、俺はますます優真にのめり込んだ。誰にも触れさせたくない。誰にも見せたくない。 ‪α‬としての本能が初めて独占欲を持った。 『番になってくれ。』 俺は優真に申し込んだ。 けれど彼は躊躇った。その時は躊躇われた事にショックを受けたが、後から知ったところによると、その頃俺の母親が優真にコンタクトを取り会いに来ていたらしい。理由は、優真に釘を刺す為だ。 『息子は跡継ぎであり、将来は血筋のしっかりした相手を用意する予定だ。 だから間違えても、番になられては困る。』 そんな事を、罵詈雑言混じりに言い含められていた優真は、俺と一緒になってもあんな家族がついてちゃ、と思ったのだろうか。俺の申し出に、とうとう首を縦には振らなかった。 俺達‪α‬はΩに受け入れて貰えなきゃ番にはなれない。俺はこれ以上無い程に落ち込んだ。 どれくらい落ち込んだかと言えば、それから二週間以上は優真に連絡を返せないくらいに落ち込んだ。 不貞腐れてた訳じゃない。本当にショックだったのだ。俺だけが優真に本気だったのかと。 大袈裟ではなく、俺は一目見た瞬間から強烈に惹かれた優真を自分の運命に違いないと思っていて、体を重ねてからはそれが確信に変わっていたから、優真の方も同じだろうと思ってた。そんな相手に、頑なに番を拒否されるなんてショックを受けずにいられる筈がないだろう。 俺が思う程、優真は俺を好きじゃない。それが辛かった。会いたいけど、会ってもそれを思えば余計に辛くなりそうで…。 そんな風にどんよりとした気分で優真とも会わずに過ごしていたある日。 授業を終えた後、スマホの画面に表示されたLIMEの表示に、俺は心臓が跳ねた。
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