3.テストとお願い

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3.テストとお願い

 お昼が少し過ぎた時間で下校時間になり、昨日と同じように委員長が一緒に帰ろうと誘ってきた。 「……うん、いいけど」 「ど、どうしたの?」  委員長は俺の様子を見て心配そうな顔をする。俺はガックリと肩を落として気が抜けたような状態だ。今日は朝から一日中テストがあって明日から本格的に授業が始まる。 「……散々だった。たぶん最悪な結果だと思う」  舐めていた訳ではないが、この春休みは全く勉強をしていなかった。確認のテストだと言われていたが、進学校だけあってレベルが高いのでギリギリ合格した俺は最初から崖っぷちに立たされた。 「もう言ってたでしょう、勉強していないとダメだよって……さっそく油断したわね」 「はい、委員長の言う通りです。情けないことに……」  呆れ顔をした委員長に詫びるように俺は頭を下げる。受験からの解放感で委員長の忠告を忘れていた。合格発表の後にそう言っていたのを今思い出した。  俺がこの学校に進学したのはちょっと背伸びし過ぎだったのかもしれないが、今更後悔しても仕方ない。 「ふふふ、まだ始まったばかりだから、そんなに落ち込まなくていいよ」 「えっ、あっ、あぁ、そ、そうかな……」  呆れた顔をしていた委員長だったが、優しく微笑み俺の顔を見ていた。ちゃんと忠告してくれていたのに守らなかった俺は委員長の表情に少し驚いている。きっと委員長は励ましてくれているのだろうと小さく頷き相づちを打つしかなかった。 「心配しなくても大丈夫だよ。私がちゃんと責任持って面倒を見てあげるからね」 「ん!? ど、どういうこと?」  微笑みながら委員長が優しい視線を向けているが、どういう事なのか理解出来なかった。すぐに俺が理解していないと委員長は察したみたいだ。 「ほら、中学の時みたいに一緒に勉強するんだよ! もともとそのつもりだったからね」 「……う、うん、分かった。じゃあ、よろしく頼んだよ」 「えへへーー、よかった!」  俺の返事を聞いた委員長は嬉しそうな笑顔になる。俺としても願ったり叶ったりで不安が解消された気になった。俺がこの高校に合格出来たのは委員長のおかげで、それだけ教え方は上手なのだ。一筋の光明が見えた。  でもなんで委員長は俺を教えるのがそんな嬉しい事なのだろうかと不思議な気がした。 「それで……蒼生くんにお願いがあるの……聞いてもらえるかな?」  笑顔だった委員長は興奮を抑え気味に俺の顔色を窺う。俺はいきなり委員長のお願いと言われてキョトンとしてしまったが、すぐに我に帰り返事をする。 「……いいよ。無茶な事じゃない限り聞くよ。これまでたくさんお世話になったし、これからもお世話になるしね」  もちろん断る理由はないし、断る事も出来ない。これまでの事を考えると本当はちゃんと俺からお礼をしないといけないぐらいだ。これからの事もあるし少々のお願い事なら聞いてあげようと決めた。 「よかったーー! じゃあ、さっそくねーー」 「う、うん」  委員長がめちゃくちゃ嬉しそうな顔で期待しているので、ちょっとだけ押され気味な感じになる。ここまで期待を持たれると少し後悔をしてしまい、あまり無茶なお願いをされないことを祈った。 「えっとね、今は私、委員長じゃないの」 「そうだな……」  委員長というのは中学の時の名残りで高校に入学しても癖で呼び続けていた。本来はおかしい呼び方だ。 「だからね、委員長じゃなくてちゃんと私の名前で呼んで欲しいの!」 「あぁ、そう言う事か……じゃあ、東條さんでいいかな?」 「ううん、違うの! そうじゃなくて……」  委員長の名前を呼んだが予想外の反応を見せるので、思わず間違えてしまったのかと疑ってしまった。もちろん間違っているはずはないが、委員長の表情は若干怒っているように見える。 「えっと……なんでかな?」 「私と蒼生くんの仲でしょう? そんな他人行儀みたいじゃなくて……ちゃんと下の名前で呼んでよ!」 「は、はい!?」  委員長の言葉に躊躇してしまう。確かに、受験前に勉強する機会が増えて一緒にいる時間は飛躍的に増えた。  卒業前は多分、クラスの中で一番の仲だったかもしれない、少なくとも俺はそう思っていた。でも中学の時の委員長はあまり表情が豊かとは言えなかったので気持ちまでよく分からなかった。高校に入ってからこんなに変わるとは想像していないので接し方には迷っていた。  委員長の怒っている顔も可愛いのであまり迫力はないのだが、強く期待している目をしていた。 「……もしかして、名前、知らないの?」  俺がなかなか答えずに黙っているので、少し弱気になったのか委員長の表情が残念そうな顔に変わってきた。俺もお願いを聞くよと言っておいていきなり無理とは言えないし、そもそもそんな無茶なお願いでもない。ただ俺が恥ずかしいだけだ。 「ゆ、ゆいなさん……」 「は、はい! これからもその呼び方でお願いね!!」  やはり恥ずかしさが勝ってしまい小さい声になるが、委員長は満足したみたいですぐに満開の笑顔になる。委員長の笑顔を見て安心したが、慣れないことしたので照れてちょっとだけ疲れた。 (そういえばいつの間にか俺のことを蒼生くんて呼んでいたな……)  ふと思い出して笑みが溢れて、そんな恥ずかしがることじゃないと反省した。心配していた程のお願いじゃないと安心していたが、急に結奈の顔がガラリと変わり軽い雰囲気がなくなる。 「もうひとつお願いがあるの……いいかな?」 「う、うん……」  もともとこちらのお願いが本題だったようだ。俺も初めにお願いはひとつだけとも言っていなかったし、そんなことを言える雰囲気ではないみたいだ。  何を言われるのか胸がどきどきして緊張してきた。それだけ今までと空気が違っている。ほんの少し間を置くようにゆっくりと結奈が口を開いた。 「蒼生くん……バスケ部に入って、もう一度バスケットボールをして欲しいの!」  意を決した表情で結奈が全く想像していなかったことを口にする。俺は黙ったままで結奈の顔をじっと見つめることしか出来なかった。
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