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クイーンベリーのスピリッツ
「バニラビットだ」
パチパチと拍手のような焚火の音に釣られたのか、やや水色がかった白色の毛並みをしたウサギが現れた。トパーズのような瞳で耳の先が黒く、ほのかに甘い香りがする。間違いなくバニラビットだ。
「クいたいならジブンでイけ。オレはアマいものはスかん」
蜥蜴人のカゲが焚火から目を離さず、何なら身じろぎ一つせずに口だけを動かしてそう言う。赤の女神の月に入ったとはいえ、まだ夜になると冷える。変温動物の蜥蜴人にとって好んで活動したいわけではないだろう。
「うーん、どうしようかな」
バニラビットは警戒心の高い魔物であるが、このときばかりは焚火に釣られるようにして逃げるそぶりを見せない。おそらく、私が風の女神の祝福を受けた森守人であることも関係しているのだろう。
特別食べたいと思って口にしたわけではない。一番星を見たときのように、飛竜をみたときのように。それなりに珍しいものが目の前に現れたものだから、ただ口から言葉が出てしまっただけだ。
「ま、せっかくだし」
私が矢を番える素振りを見せると、バニラビットはまさに兎の名を冠するものとばかりに脱兎の如く踵を返した。その反応速度は凄まじく、私が矢籠へと手を動かしたときには初動を始めており、矢を掴むころには50mほど離れた位置へいた。
しかしこちらも森守人の端くれ。しかも風の女神の祝福を受けている身とあっては、一度狙った獲物を逃がすわけにはいかない。まぁ、ほとんどの森守人は動物肉を食べないんだけども。好き嫌いというよりは体質の問題で。
「……ょっと」
透明な光を纏い、矢が駆ける。それは吸い込まれるようにしてバニラビットの脳に突き刺さり、一撃で絶命した。
「ちょっと遠いなぁ。カゲ、とってきてよ」
「コトワる」
やれやれと首を振り、狩った獲物の回収に向かう。魔法を使えば動かずとも済むけれど、流石に闇龍の森で魔力を無駄遣いするほど馬鹿じゃない。
むんずと両耳を揃えて掴み、のっしのっしと野営地へ戻る。それにしてもカゲ、本当にピクリとも動かないな。瞬きをしていなかったら死んでいるんじゃないかと疑うところだ。
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