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オレが中学三年生だった五年前の夏。
当時高校二年生だった幼なじみの東島志信が、親の仕事の都合でこの田舎町から東京に引っ越していった。
東島家が旅立つ日の早朝、父さんと二歳上の昭兄に見送りを強いられて、オレは半分引きずられながら最寄りの駅に向かった。
『夏生、俺がいなくなっても浮気すんなよ』
別れ際、志信がオレに向かって言った寒い冗談にみんなは笑ったけど、言われた本人は、胸の奥からこみあげてくるわけのわからない感情のせいで吐きそうだった。
目の表面にたまった水が、小さな衝撃でこぼれそうになるのをこらえるのに必死で、ローカル線の二両編成の箱の中に両親とおさまる志信を、オレはただじっと見ていることしかできなかった。
ゆっくりと動きだした列車が、徐々にスピードを上げて遠ざかり、やがて見えなくなった。空っぽのホームに立ちつくす父さんと昭兄を残して、オレはひとり、全力疾走で無人の家に帰った。
つっかけたサンダルを玄関に脱ぎ捨て自分の部屋に入ると、ベッドに突っ伏して号泣した。
これは嬉し涙に違いない。そう思おうとした。
これからさき、志信と顔を合わさなくてすむことの喜び。
志信の前に出ると、オレの心臓は意識から離れて勝手に暴れまくる。冷静さを失って、まともなことはひとつも言えない、自分が自分じゃなくなってしまう恐怖と対面する。
そんな制御不能からの解放だった。
志信がこの町にもういないと思ったら胸を引きちぎられるような痛みを感じたが、そんなのはきっと日が過ぎれば消えてゆく。
志信が旅立ったその日、オレはそう信じて嬉し涙でしっけた枕に顔をうずめ、夜遅くまで泣き続けた。
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