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志信に手を引かれたまま着いたさきは、母さんの墓だ。
盆の母さんの墓参りは毎年、昭兄と志信とオレの三人で来ていた。
父さんは誰かと一緒にここに来るのが照れくさいらしく、いつもひとりでこっそりお参りをしているから、今年も不参加。
母さんはオレが小学五年生のときに、病気で亡くなった。
幼なじみの志信も、母さんお手製の焼菓子を食べによくうちに来ていて親交が深かったから、突然の病に倒れたときは、オレたち兄弟と同じくらい悲しんでいた。
掃除をして花を飾り、線香に火を点ける。墓の前で静かにお祈りをしたオレのあとで、志信が手を合わせて毎年恒例の言葉を呟く。
「おばさん、夏生を産んでくれてありがとう」
昨年まではここで昭兄から『僕の名前も入れてくれよ』ってつっこみが入った。
母さんの前で親友同士の仲睦まじい姿を見せるためのやりとりが、つっこみ不在の今年は完成しない。
昭兄がいないだけで志信の声が真剣みを帯びて耳に届いた。
なにを言えばいいのかわからず、自分の速くなる心音から気をそらすために、蝉の鳴く音に意識を集中していた。
「夏生はおばさんに、なんて話しかけたんだ?」
母さんには毎年、心の中だけでこっそり志信への思いを告白しているのだが、もちろん本人にそんなことは言えない。
「昭兄が早く帰ってきますように」
「ひでー。なんそれ。しかも願い事って、七夕と勘違いしてね?」
確かに。咄嗟に思いついたことを言ってみたが、母さんは流れ星じゃない。
志信が噴きだすのにつられて、自分で言ったことなのに思わず笑ってしまった。
「お、やっと笑った。機嫌治ったか?」
「べつに、楽しければふつうに笑うし」
いつも言ったあとに思う。
なんでこんな言い方しかできないんだろう、って。
「いままでそんなにつまんなかったのかよ」
もともと無表情なほうだが、ここ最近は多忙な仕事と理香との対決(?)のせいで、心から楽しめる出来事がなかったかもしれない。
じっと顔をしかめていると、志信が突然オレの目の前でパチッと指を鳴らした。
「そんならこれから、楽しいことしようぜ」
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