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 志信がいなくなったあとは、抜け殻のような日々を過ごした。  なにをしていても物足りなくて、志信を思いだすと胸の中が焼け焦げた。  自分の半分以上がすっぽり抜け落ちてしまったような欠落感に苛まれながらも、唯一救いだったのは、そんな情けない自分を志信に知られないことだった。  赤くなったり、ドキドキしたり、うまく話せなかったり。  これからさきはずっと志信がいないから、おかしな姿を彼の前でさらさないで済む。  無性に寂しくなると、こんな幸せなことはないんだと、何度も自分に言い聞かせた。  志信がいない暗黒の幸福の中、オレの心音はいままでにないおだやかな一定速度で刻まれ、しばらくは平穏な日々を過ごした。  東島家が引っ越したちょうど一年後。高校の夏休みを利用して志信はこの田舎町へ戻ってきた。 『夏のあいだヒマだから、上村(かみむら)煙火に弟子入りさせてよ』  大学受験をひかえていたのに、よっぽど合格の自信があるのか、志信は来て早々そんなことを言ってのけた。  志信を信頼し、実の息子同等にかわいがっていた父さんは、その言葉にあっさり承諾の返事をした。
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