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 この山と川しかない田舎町では、ウワサ話は娯楽のひとつとして成立している。  みんな寄るとさわるといったいどこから仕入れたのか、あやふやなことを息もつかずにペラペラしゃべる。  町のウワサは話半分、いや、話五分の一くらいで聞いててちょうどいい。 「なっちゃん」  火薬庫から段ボール箱に入った火薬を工室に運ぶ途中で、休憩中のパートの主婦に呼びかけられた。  オレは箱を工室内に収めてから、五、六人が集まる木陰のベンチに向かった。 「どうしたの?」 「聞いた? あの理香って子」  どうやらまた理香の話題らしい。  彼女が志信に続いてこの地へやってきてから、約半月が過ぎた。  理香は一度、花火製造場の敷地内で、絶対禁止とされている煙草に火を点けようとしたことがある。  それをたまたま窓を全開にして作業していた工室内のパートの主婦たちが見ていたらしく、その日以来、理香は悪い意味で注目される対象となった。  田舎にそぐわない派手な服装や、香水の甘い匂い、自由奔放な理香の行動は風紀委員と化したおばちゃんたちの目に余った。  理香はいまでは秩序を乱すよそ者として、悪評の集中砲火を浴びている。
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