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「あの子ね、ここに来る前、東京で子どもおろしてきたらしいよ」
日に日にエスカレートしていく根拠のないウワサを聞いて、さすがに口をださずにはいられなくなった。
「やめなよそんな話。誰が言ってるの」
「みーんな言ってるよ」
やめさせようとしたら、主婦たちは結託してさらに話を膨らませようとする。
「二十一でしょ? まだ若いから、子ども産んで遊べなくなるのがいやだったんだろうねぇ」
「まあ東京じゃ当たり前のことなんだよ」
都会に対する偏見が、ウワサに尾ひれをつけてゆくのかもしれない。
ウワサ話が出来上がっていく過程を目の当たりにして、オレはそんな場合じゃないのに、そのあまりのデタラメっぷりにすっかり感心してしまっていた。
「その相手がねぇ、志信ちゃんだってウワサがあるのよ」
「しの…………?」
「そう。なっちゃん、志信ちゃんからなにか聞いてない?」
みんながいっせいにこっちを振り返る。
首を横に振ると、新情報を期待した主婦たちの顔が落胆でくもる。
「志信ちゃんに限ってねぇ」
「女の子に子どもおろさせるようなことしないと思うけど」
「でもまだ学生だから」
色んな意見が飛び交う中、オレは挨拶もそこそこにふらつきながらその場をあとにした。
志信と理香が、子どもを作った?
いま話を聞いていて、ウワサ話というのが彼女たちの手によって作りだされた、どれだけ信憑性のないものかわかったはずだった。
それなのに志信の名前が出てきただけで、オレは理性を失ってバカみたいに動揺してしまう。
この話もきっと五分の四のほうに入ってる、根も葉もないウワサのひとつにすぎない。
頭でそう考えて聞いた話を意識から遠ざけようとしても、心に刺さった小さな棘は、簡単には抜け落ちなかった。
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