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 水子――  その文字が目に飛びこんできた瞬間、昨日のおばちゃんたちの会話がぱっと脳裏によみがえった。  あの理香って子。  東京で子どもをおろしてきたらしいよ。  みーんな言ってるよ。  その相手がねぇ、志信ちゃんだって。  ウワサなんてのは五分の四は嘘っぱちだ。  そんなことはこの田舎町に住んでる誰もが知ってる。  でも悲しいけど、五つにひとつは本当が混じってる。  もし、昨日のおばちゃんたちの話が根も葉もないウワサなんだとしたら、どうして志信と理香は水子地蔵にお参りする?  立てかけた卒塔婆の意味は?  生まれてこなかった子どもの供養じゃないとしたら、いったいなに?  オレは喉を大きくひらいて深呼吸した。  うまく落ちつけないから何度も震える息を吸っては吐きだす。  そうしているうちにしだいに呼吸は嗚咽へと変わっていった。  どんなに息を吸っても酸素が体にいき渡らない。  けやきの大木にとまった蝉がミンミン泣き散らすその真下で、気がついたらオレは号泣していた。 「どうしました?」  いつまでもそうしていたら、さっきの住職が戻ってきて、心配そうな顔でオレの背中をさすってくれた。  でもそれに対して礼を言うことすらできず、オレは敷きつめられた砂利に膝をついて、目がはれるまで子どもみたいに泣き続けた。
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