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「線香花火?」
「あ…………」
ちょうど光が落下した瞬間、真上から声がして咄嗟に顔を上げた。
みんなと飲みに行ったはずの志信が、目の前に立っていた。
「すごい集中してんのな。俺がこんな近づいても、ぜんぜん気づかねーの」
志信のセリフに、オレはまたゆっくりと視線を落とした。
集中していて近づいても気づかない。
その言葉はまるで、昨日のオレに言ってるみたいだった。
よみがえってきた恥ずかしい出来事を消してしまいたいと願っていたら、志信がそこを掘り返してくる。
「夏生、昨日ごめんな」
「なんでしのが、あやまるの」
むしろあやまって礼を言うべきなのは、今日一日、やってはいけないミスばかり繰り返したオレのほうなのに。
「いやな思いさせた。呼んでも返事がないからって勝手に部屋入ったし、無理やり布団はがしたし」
それはオレが志信を避けて、かかってきた電話もメッセージも無視し続けたのがそもそもの原因だ。
ちゃんと応答していれば、突然志信が押しかけてくるような事態にはならなかった。
「困ってる顔ずっと見てたし、怯えてるおまえの手首つかんで怖がらせたし、理性失って――」
「もういい」
志信がいちいち細部を思い起こさせるようなことばかり言うから、オレはこの会話をひとことで終わらせて、また新しい線香花火に火を点けた。
「俺、好きだよ」
志信の言葉に一瞬ドキリとするも、それは線香花火のことだとすぐに気づく。
あんまり近くで好きだとか言わないでほしい。
勘違いしそうになるし心臓にも悪いから。
自分の分身みたいな線香花火を志信が好きと言ってくれたことは嬉しい。
でもオレはドキドキ鳴る鼓動をごまかすために、いま正に目の前で落下しそうな火の玉を早口でおとしめていた。
「なんか、バカみたい。パチパチはじけて、あっけなく落ちてくのって」
「そうか? かわいいじゃん、俺は好き。けなげで頑張り屋さんでさ。小さいけどあったかくて、ずっと見てたくなる」
火は落ちていた。
志信は暗闇で、火の玉の消えたこよりを手に持つオレを見つめていた。
線香花火が燃えつきたいま、オレは目の前で光を放つ瞳に吸いこまれるように志信を見つめ返していた。
虫ももう眠ってしまったのか、あたりは妙に静かだった。
無音の暗闇で志信と二人きり。
ほかに誰もいない、なにもない空間。
意識の全部が志信に支配されていた。
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