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待て、って言った志信の言葉を無視して、オレはひと気のない道を走り、深夜の山を登った。
混乱していた。まともな行動じゃなかった。
携帯電話の明かりだけで外灯のない山道を行くなんて、正気の沙汰じゃない。
志信にキスされた。
あの笑うと横にイー、って伸びる唇が、オレの唇に触れた。
引っこめた舌に長くて器用な舌を押しつけられたときの感触を思いだすと、また背中が寒くなった。
「なんでなんでなんで」
ぶつぶつ呟きながら、走り続ける。
意味がわからない。
志信には理香がいるのに。
一か月も一緒の家で暮らしてるのに。
子どもまで作ったのに。
なんでオレに、キスするの。なんでオレを、気持ちよくするの。
走り疲れて立ち止まる。マナーモードの携帯が志信からの着信で震えまくってる。
ブルブルゆれる液晶の明かりで地面を照らしてしゃがみこむ。
激しい動悸とカラカラの喉。
周囲の木々が吐きだしてるはずの酸素を、オレの体はうまく取りこめない。
「し、ぬ」
息もきれぎれ。
この状況がいつかのなにかに似ている気がした。
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