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 毎日毎日必死で忘れようとした志信の面影は、たった一秒目が合っただけで、日照りの土が雨を吸収するみたいにみるみるよみがえってしまった。  切れ長の目の中のブラウンの瞳、笑うと横に長く伸びる薄くつややかな唇、あごから耳の下までのシャープな美しいライン。  部品の配置に大成功した王子様チックな顔が、つむった目の裏にくっきり浮かび上がる。  必死で志信の忘却に費やしたオレの一年は、無駄に終わった。  志信は高校三年の夏休みを、上村煙火の手伝いをしながら引っ越したあともそのまま残されていた東島家の旧家で過ごし、東京に帰っていった。  オレは高校に入って初めての夏、常にジェットコースターに乗せられてるようなドキドキを体験し、志信が帰ったあとの秋、冬、春を嘘みたいにおだやかに過ごした。  ドキドキの夏と、死んでるみたいに静かな秋と冬と春。  そのサイクルは、志信が引っ越して五年経ったいまも同じく続く。  今年もセミの羽化が始まる七月の半ばに、前触れもなくふらりとまた、あいつがこの田舎町に帰ってくる。
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