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そうだ。
オレは、むかし野犬に追いかけられたときのことを思いだした。
小学三年生だった当時、オレは学校帰りに野生の本気から必死で逃げていた。
近くにいる子どもたちは命の危機を感じて、みんなオレから遠ざかった。
そこにたまたま志信が通りかかった。
走ってくるオレを背後に隠し、真正面から野犬にランドセルをぶつけた。
挑発に成功した志信は、オレの代わりに追いかけられる対象となり、塀をよじ登って野犬を撒くことには成功したが、どこでぶつけたのか、ひじには擦り傷ができていた。
『たいしたことねーよ』
オレがあやまろうとするより前に、志信はそう言って笑った。
ありがとう、と言ったら、怪我をしてないほうの手で優しく頭を撫でてくれた。
頬に落ちた涙を袖口で拭われた瞬間、オレは恋に落ちた。
この人以外、誰もいらないと思った。
その想いは、いまでもずっと変わらない。
さっきは衝動的に志信に告白してしまったが、それで終わりというわけではないらしい。
伝えたあとも、志信を好きという気持ちは少しも弱まらない。
報われないオレの強い想いは、きっとこれからもさらにつのり続けるのだろう。
志信はだだ漏れするオレの気持ちに気づいていたのかもしれない。
幼いころからの長い片思いを知っていたから、告白したオレの気持ちを汲んでくれようとしたのかもしれない。
あのキスは、志信からの最初で最後のプレゼント。
恋人にはなれないけど、大切に思ってるよ、っていうメッセージ。
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