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「夏生のウワサは、ないの?」
視線の主が近づいてきて、オレの耳を引っつかむ。
「なっちゃんは仕事一筋だからねぇ」
「可愛い顔してるのに、彼女のひとりもいないなんてもったいないわぁ」
浮いた話がなければないで、それも地元民たちの話の種になってしまう。
「ふーん、じゃあまだ童貞?」
つかんだ耳に唇をよせて、志信はオレにしか聞こえない声で呟いた。
「うるさい」
耳をつかむ手を払って立ち去ろうとすると、今度はうしろからシャツの首根っこを引っぱられる。
「ちょっと付き合え」
志信は片眉だけをさっと上下に動かし、唇を引き伸ばして優雅に笑って見せた。
見た目はこんなに王子様チックなのに、性格のほうは唯我独尊の俺様なのだ。
「忙しい」
「綿菓子買ってやるからさ」
子どもあつかいにむかついて首を横に振ると、りんご飴もつける、と見当違いなことを言う。
「久しぶりの再会なんだから、二人で遊んでおいで」
主婦の集団のひとりが、のん気にそんな提案をした。
「そうそう。志信ちゃん、今日のお昼に着いたところなのに、テントの設営から屋台の準備まで全部手伝ってくれたんよ」
久々に見るまぶしい法被姿の志信がウインクなんてするから、オレの心臓は一年ぶりの大仕事だとばかりにせっせと早鐘を打ち始める。
「おじさん、夏生と二人で抜けていい?」
志信がテントのほうに向かって声をかけた。
勝手に決めるなと思ったけど、ドキドキが激しすぎて咄嗟に声が出ない。
前方でなにが嬉しいのか、満面の笑みで頭上に丸を作っている父さんと目が合った。
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