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やっぱり気のせいじゃない、と再び扉に向き直る。ぴたりと耳をくっつけると、中から鉛筆と紙が擦れ合うような音が聞こえた。
その音は所々で途切れ、また時々何かが床に転がるような音が響いた。
この扉の先に居るのはどんな人物なのだろうか? 夏休み期間の学校に忍び込んで(私もだけど)わざわざ美術室にこもるだなんて、よほど人目を忍ぶ必要があるのだと詮索せずにはいられなかった。
私がうだうだ悩んでる間も、ずっと物音は続いていた。恐怖心と好奇心で溢れかえった脳内はいつしか好奇心が優勢となり、私は警鐘を鳴らす胸を押さえながら慎重に扉に手をかけた。
スライド式の扉がゆっくりゆっくりと開かれていく。出来るだけ物音を立てないように細心の注意を払いながら息を潜めていると、やがて人影が見えた。そこに居たのは先ほど自分が見た通り制服を纏った女生徒だった。
小さな椅子に座り、イーゼルに向かい黙々と手を動かしている。後ろ姿しか見えないが、見覚えのないシルエットに余計疑問符が浮かんだ。
すると、その人はぴたりと手を止めた。その拍子に掌から鉛筆が転がり落ち、音をたててこちらへ転がってくる。
「(まずい……!)」
気づいたときには遅く、鉛筆を探して振り返った相手とがっつり目が合ってしまった。焦った私は思わずカメラを構えて自分の顔を隠すと咄嗟に目をつむった。
しかし目の前の人物は私の想像に反し、随分とのんびりとした口調で私に話しかけてきた。
「……もしかして、美術部の人?」
その問いかけにおずおずと目を開くと、カメラの液晶画面が目に飛び込んだ。しかしそこに映っているのは、美術室の真ん中でぽつんと佇むイーゼルだけだった。
「え!?」
顔の前で構えていたカメラを外して前を見ると、やはり自分と同じ制服に身を包んだ少女が静かに立っていた。
長い髪を耳にかけて柔らかく微笑むその姿を呆然と眺めた後に再び視線を落とすも、カメラの液晶に少女の姿は映っていなかった。
「な、なん、で」
自分の目ではしっかりと見えているのに、カメラを通すと見えなくなる。あまりにも不可思議な現象に私が狼狽えていると、相対する少女は私のカメラに視線と落として短く「ああ」と感嘆の声を上げ、そしてさらに不可思議な言葉を続けた。
「だって私、幽霊だから」
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