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それから先のことはあまり覚えていない。その言葉を最後に私は意識を失ってしまったようで、目が覚めた時には学校の廊下で蒸し焼き一歩手前になっていた。
倒れた時の衝撃で背中やお尻がズキズキと痛むが、前のめりに倒れてカメラに傷をつけるよりはマシだと自分に言い聞かせた。
来た時の比ではないほどの汗にまみれた肌が気持ち悪い。じっとりと疲弊した体を引きずって家へ帰ると、その日は早めにお風呂に入って床についた。
しかし翌朝、私は再び学校への道を歩いていた。
というのも、忘れようとしても昨日の事が気になって気になって、結局遅くまで眠れなかったのだ。
あの出来事が自分の妄想だったのか、はたまた現実だったのか。恐怖心が無いわけではないが、もう一度あの場所へ行ってハッキリさせたかった。
昨日と同じように職員室で鍵を受け取り、校舎の中を練り歩く。相変わらず人の気配がない廊下を突き進み写真部の部室を通りすぎると、再び美術室の扉が見えた。
私は一度深呼吸をしてそっと扉に耳を付けた。中から聞こえてくるのは、やはり鉛筆と紙が擦れ合う音だった。
間違いない。昨日の出来事に対し確信めいたものが生まれたが、それと同時に「中に幽霊が居る」という恐怖心が背後から忍び寄ってきた。
私は扉の前で深く息を吸い込み、一度自分の心を落ち着かせる。そして昨日の記憶を掘り起こし、中に居るであろう少女の姿を脳内に描いた。
柔らかそうな長い髪を持つ、綺麗な女の子だった。話し声も明るかった気がする。意識を手放す前に見たその表情は確か、柔らかい笑顔を象っていた。
「(……悪霊とかじゃ、なさそう……かも)」
根拠のない自信で自分を奮い立たせ、私は再び扉に手をかけた。カラカラと小さく音を立てながら次第に中の様子が露になる。
私は目を凝らして中の様子を探っていると、そこには昨日と同じ風景が広がっていた。
ポツンと立てかけたられたイーゼル。ゆるやかな手つきで鉛筆を運ぶ華奢な右腕。すべてが昨日の記憶とぴたりと重なる。
やがてその華奢な腕から鉛筆がこぼれ落ちると、それは私の方を目掛けて転がってきた。その音に導かれるように、小さな椅子に座る少女が振り返る。
「……あ」
「あ、また会ったね」
まさか、再開のシチュエーションまで昨日と全く同じだなんて。唯一違うのは、私がカメラで顔を隠さなかったことくらいだ。
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