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それから私は、事あるごとに美術室へ足を運ぶようになった。夏休みだというのに足しげく学校に通い詰める私を親や先生は不思議がっていたが、通行証のように首から下げた一眼レフが功を奏しているのか、次第に「部活熱心だね」とそれ以上は言及されなくなった。
美術室に一人佇むその少女は、自分の名前すら憶えていないようだった。だから私はいつも「あなた」と呼んだ。自分と同い年ぐらいに見えるが、相手は幽霊だ。年数だけで言えばずっと年上の可能性だってある。
けれど、少女はそんな私の考えなど意に介さぬ様子で私に名前を付けてほしいと明るく言い放った。「同級生にも見える女の子相手に自分が名前をつけるなんて」と最初は抵抗したが、あまりにもしつこく熱望されたため、私は小さな声で「ひかり」と呟いた。
なぜあの時「ひかり」という言葉が口をついて出たのかその時は不思議に思ったが、思い返せばあの日美術室のカーテンの傍で佇むあの光景が自分の脳裏に焼き付いていたからだと、今になって理解する。
ひかりは、今日も美術室で黙々と絵を描いていた。いつの間にか私も彼女の制作に対し随分と協力的になり、ひかりのリクエストを受けて神社へ写真を撮りにいくことが増えた。
そして夏休みの終盤に差し掛かったある日、スケッチブックと向かい合ったひかりは小さな声で呟いた。
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