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ぽつりと呟かれた言葉に導かれるように、自然と私の目はひかりへと向いた。どこか呆然とした表情のひかりの手元を覗き込むと、そこには鉛筆一本で描かれたとは思えないほどに堂々とした風貌の神社が描かれていた。
「……すごい」
自然と口をついて出た感嘆の声に、ひかりは照れたように目を伏せた。
「本当にすごいよ! 天才!」
長い石段の先にそびえたつ鳥居は威厳のある佇まいをしており、周囲の木々も細やかなタッチで描かれている。今までファインダー越しに眺めていた景色が、ひかりの手にかかるとこんな風に生まれ変わるのか、と一種の感動すら憶えた。
未だに食い入るように絵を見つめる私をよそに、ひかりはまだどこか呆然とした様子でゆっくりと鉛筆を置いた。
「……やっと、終わった」
短く紡がれた言葉に、意識が急に呼び戻される感覚がした。ああ、そうだった。ひかりは最初から、この美術室から解放されるために絵を描いていたんだ。
出会ってからまだ日が浅いというのに、明日から彼女の存在が欠けた日常が戻ってくるのだと思うと少しだけ胸が締め付けられる感覚がした。
だから私は、誰にも話せない私たちだけのこの短い思い出を、どうにかして形に残したくなった。
「……ね、写真撮ってもいい? 記念にさ」
突然の私の提案に、ひかりは目を丸くした。そして困ったように笑いながら答える。
「私は写真に写れないんだって。出会ったときに言ったでしょ?」
「うん、それはわかってるんだけど。記念に」
譲らない私にひかりは押し負けた様子でしぶしぶ承諾した。私はその返答を受けてイーゼルを窓の傍に移動すると、ひかりにその隣へ立つように指示した。
カーテンを開けると一気に真っ白な光が部屋を満たし、その眩しさに思わず目が眩む。強い光の中で見た彼女の姿はやはり別格にきらきらと輝いて見えて、自分の名づけは間違ってなかったなぁ、なんて自惚れを感じながらひかりに向き直った。
ひかりは少し照れた様子で髪をいじりながら、はにかんだ笑顔でカメラを見た。この表情が写真に残らないことはお互いに分かっている。それでも私は、今までで一番の想いを込めてシャッターを切った。
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