クリスマスの子猫

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加枝さんの  2022年の クリスマスのために••••         クリスマスの子猫 幼い頃、私は本当にサンタクロースがいると信じていた。 毎日いい子にしていれば、クリスマスの夜にサンタさんからご褒美のプレゼントが貰えると、本気で思っていた。 でも大きくなるに従って、それはただのファンタジーであり、実在の人間がプレゼントを用意して、夜中に私の枕元に置いてくれていたと理解した。 一人娘の私を本当に大事にしてくれていた父が、 さりげなく私の欲しい物を事前にリサーチしていたのだ。 どうりて毎年希望の商品がお届けされるはずだ。 そして私はいつの間にか大人になり、誰もがそうであるようにサンタクロースはいないと当然のように思うようになった。 でもそれは違うの。 サンタクロースは本当にいるの。 そして本当にプレゼントをくれる。 だけど毎年くれるわけじゃないよ。 プレゼントを貰えるのは一生に一度だけ。 2021年のクリスマス、私はサンタさんから プレゼントを貰った。          * * * * * 夜の暗さは何で決まるのか? 月の満ち欠けではない。街頭の有無も関係がない。夜の明暗は、きっとその夜の気分で決まる。 ましてや今夜は聖夜だ。日本中のほとんどの人の夜は明るいはずだ。 私以外は • • • • 私の夜は右も左も分からないくらい真っ暗だ。 男に騙され、お金もプライドも全部巻き上げられ、あげくに紙屑のように捨てられた。 クリスマスなのに! しかも最悪なのは、私の中でまだあの男を断ち切れないでいる事。 頭では分かってるよ、もうダメだって。 全部終わったんだって。 だいたいあの男は初めから私と結婚しようなんて気、これっぽっちもなかったんだって。 私は最初から • • • • そう、あの男にとって私は最初からただのカモだったんだよ。 それも焼肉が食べたくても牛丼で済ましたり、欲しいバッグや靴があっても、ただ見ているだけで我慢したり、そうやって少しづつ貯めた小銭というネギをしょったカモ。 深夜の人気のない静まり返った住宅街を、とぼとぼと引きずるように歩いていた。 気持ちも引きずりながら • • • • こんな時間でも街はまだきらびやかな光で満ち溢れているのだろう。なにしろ今夜はクリスマスなのだから。 でも今の私にはその中に入り込む勇気も資格もない。だってみんなの幸せを邪魔するだけの存在だもん。 悩みを打ち明けたり相談にのってもらえるほど親しい友達もいない私が、唯一しがみついていた男にタバコの吸い殻みたいにポイ捨てされた。 そんな女にお似合いなのは、周りには誰もいない 地球上で私しかいなくなっちゃったようなこんな夜道。 当てもなく歩いていると、小さな公園があった。 誰もいない公園のブランコに腰掛け少しだけこいでみる。 私もうダメかも • • • 死んじゃおうかな • • • そしたら全部終わるんだよね • • • 死んじゃおうかなぁ • • • そしたら今のこの永遠に報われないあの男への思いも断ち切れるんだよね。 だったら、死んじゃおうかなぁ、どうせ私にはなんにも残ってないんだから • • • ブランコを少し揺らしながら同じ事をぐるぐると考えていた時、公園の灯の下に小さな白い箱のような物が見えた。 なんだろう? そう思ってブランコから立ち上がると、その箱のような物に近寄った。 底の浅いお煎餅の空き箱みたいで蓋はない。 中を覗き込むと • • • えっ?なに? その中に虎柄の、たぶん生まれてまもない小さな子猫が横たわっていた。 • • • 死んでるの? でもよく見ると微かに呼吸をしているらしく、お腹の所が少し上下している。恐る恐る触ってみるとかなり冷たい。そして明らかに具合が悪そうだ。 放っておけば確実に死んじゃいそうだし、見ちゃった以上とても放ってはおけないし、かといって周りには誰もいないし • • • これ、どうするのよ私! って考えてる時間なんかないじゃない! だって今にも死にそうだもん。 とにかく暖めてあげなくっちゃ。 私は箱ごと子猫を持ちベンチに座ると、自分のしていたマフラーを外し、折り畳んで掛けてあげた。 そうだ! バッグの中を引っ掻き回して • • • あった!使い捨てカイロ! 揉むとほんのり温かくなってきた。それをマフラーの下に入れた。 でもきっとこれじゃダメだ。お医者さんに見せなきゃ。だってかなり病気っぽいし。 よし、スマホでさっそく近くの獣医を捜して••• って、そもそもここどこよ?ふらふら歩いてたから、どこだかちっとも分からない。 公園の入口まで行くと公園の名前が書いてある柱があった。検索するとすぐに出てきた。これで住所は分かった。さっそく近場の獣医を検索してみる。 あった!5件ヒットした。 一番近そうな所にすぐに電話してみる。 うわぁ、留守電かよ! 「 • • • メッセージをお入れください • • • 」 メッセージなんか入れてる場合じゃない、次! 結局4件立て続けに撃沈。そりゃそうだ。夜も10時を回ってるし、クリスマスだし。 残るは最後の一件。 「もしもし、セイント動物病院です」 出た!女性の声だ。 「もしもし、猫が具合が悪くなっちゃって」 「申し訳ありません、本日の診療は終了しました。どちらか他をあたって • • • 」 「もうあたったわよ、全部留守電だったの」 「でも、今日は先生もいないし」 「あなたは?」 「私はまだ研修中で、正式な獣医ではないんです」 「研修中ってことは、まるっきりのシロウトじゃないのね」 「そうですけど、でもまだ資格がないから」 「じゃ、見殺しにするの?」 「いや、あの • • •見殺しって • • • 」 「とにかく今すぐそこに行くから、ちゃんといてよ、マッハでいくから!」 そう言って電話を切ると、すぐにスマホでセイント動物病院の地図を開いて • • • いや〜地図苦手〜 そんなこと言ってる場合じゃない。 だいたいの見当を付けた私は、公園のごみ箱にバッグの中のたいしていらない物を全部捨て、子猫をカイロごとマフラーに包みバッグに入れた。 これでこの箱もいらないや。 公園を飛び出し周りを見渡したが、こんな人気のない場所にクリスマスの夜にタクシーが通るはずもない。 覚悟を決めた私はバッグを抱きかかえ、夜の住宅街を疾走した。 途中何度も私は言った。 死んじゃダメだよ! もうちょっと頑張ってね! 死んじゃダメだからね! なんだか自分にも言ってるみたい さっきまで自分が死ぬ事を考えていたくせに • • •         * * * * *  私はスマホ片手に必死に走った。走りスマホだ。 そして私の頼りない方向感覚によれば、たぶんあの角を曲がったあたりに • • • あった!セイント動物病院。明かりもついている。 今まで地図見て目的の場所にたどり着いたことなかったけど、きっとこれもクリスマスの奇跡だ。 小さな動物病院だが、この際大小は関係ない。 私は入り口に立って息を整えながらチャイムを押した。 奥でチャイムの音が響いたかとおもうとすぐに戸が開いて、私と同じ年くらいの白衣の女性が立っていた。 「電話をいただいた方ですか?」 「そうです。すぐこの子を診てあげて」 「とにかく中へ • • • 走ってきたの?」 「そうよ、だって死にそうなんだもん。死んでからじゃ遅いでしょ」 「それはそうだけど」 そう言いながら、彼女は診療室に案内してくれた。 白一色の清潔そうな診療室で中央には診察台があり、たぶん先生のデスクと思われる物が隅に配置され、本や薬品もきちんと整理されて置かれていた。 「それじゃあその診察台に寝かせてあげて」 私は言われるままにバッグからマフラーを取り出し診察台の上に広げた。 よかった、まだ生きてる。途中でダメになっちゃうんじゃないかって超心配したんだから。 彼女は子猫を丹念に診察し始めた。 「これ、かなり危ないわよ。でもカイロで温めておいたのはグッジョブね。ところでこの子あなたの猫?」 「いえ、そうじゃないけど • • • 」 私は公園で猫を見つけた経緯を話した。 「じゃ、捨て猫ね。箱に入ってたってことは、たぶん病気になったから飼い主が捨てたのね」 そうか、君も捨てられたのか • • • 「それをあなたが拾ってきたのね。」 「だって、放っとけないじゃない。あなた放っとくの、鬼ね。」 「いや、私はまだ放っておくとは言ってないけど。それでね、さっき先生に連絡したんだけど、やっぱり来れないんだって。私は入院してる子がいるから様子を見にここに寄ったら、あなたから電話があって」 「それで、先生はなんて?」 「緊急なら今回は目をつぶるから君が診てあげなさいって。でも何かあった時にも決してクレームはつけないように釘を刺しておきなさいって」 「クレーム?私がクレームつけそうな女に見える?」 彼女は小さくうなづいた。 「つけない、つけない。なにしろ無理にお願いしたんだから。なんだったら私が全部責任取るわよ」 「その言葉、忘れないでね」 そう言うと彼女は立ち上がり、薬品棚から何かの薬品を取り出し、小さい注射器も用意した。 「これはね、産まれてすぐの子猫がかかりやすい病気なの。でも今はいい薬があるから、たぶん大丈夫」 そう言いながら子猫に注射を打った。 「さぁ、ここからが大事なところなのよ」 そう言うと彼女は真剣な目で私を見た。 「あなたさぁ、この子をちゃんと飼えるんでしょうね。ここの病院に置いてっちゃダメだよ」 私は虎柄の子猫を見た。薬が効いたのか、さっきよりも落ち着いた感じで、スヤスヤ寝ている様子だった。 なんか天使みたい。 クリスマスの夜にサンタクロースが私にプレゼントしてくれた天使さん。 「私、動物飼うの初めてなんだ。 ねぇ、この子は私に懐いてくれるかなぁ」 この子は私と遊んでくれるかな? この子は私の話を聞いてくれるかな? この子は私と笑ってくれるかな? この子は私と泣いてくれるかな? この子は私と生きてくれるかな? 「大丈夫よ、あなたにこの子のママだって自覚さえあれば。ところであなた、こんな夜遅くになんであんなパッとしない公園に一人でいたの?」 • • • あれ? • • • なんでだっけ? なんかこの子の寝顔を見てると、私があんなに深刻に悩んでいた事が、つまらないちっぽけなものに思えて、あの男のこともなんだかどうでもよくなっちゃったみたいな。 「別に • • • 」 「そう • • • まぁ、女もあたし達くらいの年になるとさ、そんな夜もあるわよね。 そうだ!あなたさっき責任取るって言ったわよね」 「い、言ったけど • • • 何よ」 「あのね、これからあたしはこの子がちゃんと元気になるか、朝まで起きて付き添ってあげなきゃいけないの。だからあなたは責任を取って、 朝まであたしの話し相手になってちょうだい」 • • • あれ? もしかして友達も出来たかも。           MADE IN SAO 2022
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