明暗の転換

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 極めて稀なことだが、モザイク型という染色体異常が原因で一卵性双生児の男女が生まれた。男の子の方が少し先に生まれたので二人は兄妹である。兄は薫、妹は香と名付けられた。一卵性なので性格までよく似ていた。二人共極度に内向的で人見知りが激しく、おまけに二人共女性ホルモンが多く男性ホルモンが少ないので女性的に優しく奥床しい上に色白で体毛が少ない。このことが転校後、二人の明暗を分けた。  生まれ育った土地で幼馴染に恵まれ、順調に友達の輪を広げ、人間形成に於いて大事な思春期を迎え、このまま行けば、さぞかし青春を謳歌できたことだろう。ところが、父親が早く居を構えて世間に一端の男と認めてもらいたいと望んでいた所へ持って来て安い土地が見つかったことを幸いに我が子に内緒でそこへ家を建てる計画を立て、早くマイホームが欲しかった母親も賛成したことが双子の運命を暗転させた。何故ならその土地は我が子が通う小学校の学区外にあり、つまりは我が子の内向的な性格では新しい環境に順応できるかどうかと心配せず、或いは転校した位で我が子がどうなるものでもない、そんなこと考慮する程のことではないと父親が我が子の特異性を軽視して判断した所為で薫と香は小学四年の秋、こんな中途半端な時期に引っ越しを断行され、転校を余儀なくされてしまったのだ。お陰で今まで築き上げて来た青春を謳歌できる土台をすっかり失って土地っ子から余所者になってしまい、内気で遠慮がちな性格が祟って自信のない卑屈な人間になってしまったのは薫の方で逆に怪我の功名で自信満々になったのは香の方であった。  薫は転校初日、教室で担任の先生に紹介された後、自己紹介する時に女子生徒らから白~い!真っ白!女の子みたい!なぞと揶揄された。それは男の癖に…という気持ちが含まれているのに違いなかったが、美少年だけに注目された証でもあって授業後、女子生徒に囲まれて質問攻めにあった。その時は敢えて張り切って元気よく答えたものの彼は転校してからというもの毎日授業中、ほとんど泣いていた。転校前までは馴染み深い友達に囲まれていたのに辺りを見渡せば見知らぬ者ばかり、そう思うだけで悲しくて侘しくて自然と涙が溢れ出るのである。なんと苛酷なことだろう、これは精神的な児童虐待に他ならない。そもそも日本の親は子供に人権を与えないように選択権利を与えないのだ。我が子の将来に関わる大事な大事な選択なのに親は我が子に意見の場を与えず子は「成年に達しない者は父母の親権に服する」と民法第818条1項にあるように親に従うしかないのだ。その所為で悲境に立たされた薫は同情されたのだろう、何人かの同級生に優しくされたが、優しくされればされる程、余所者の引け目も手伝って遠慮が先立って臆してしまい、自分の置かれた立場が180度転換したことを思い知らされ、取りも直さず友達が一杯いた状態から全くいない状態になったことで卑屈になり、内に籠り、とてもではないが、容易に周囲に溶け込めなかった。その気色が五年生になると、陰性にも弱気にも異質にも見えて薫は弱みに付け込まれ、苛めの対象になってしまった。  一方、香は女子だから色が白いことを揶揄されることはなかったし、美少女だから卑屈になり、遠慮がちになるのが却って男子生徒にはしおらしく目に映り、美少女なのに見てくれを鼻にかけず、なんて健気なんだとまで思われ、好感を持たれるばかりだし、女子生徒にも羨ましがられるから自信満々になった次第である。と言っても尊大になった訳でも高慢になった訳でもなく昔ながらの日本女性らしい控えめな感じに変わりはなかったから男子生徒に理想形にも受け取られ、偏にもてた。しかし、何故か、自分が好きになった男子生徒だけには好かれている手応えを感じなかった。その代わり、薫を好いているのを読み取った。で、香を嫉妬させる程に苦しめた彼は、名を武と言って肌が小麦色に焼けた美少年だった。  武は薫にとって転校後、初めて出来た友達であったが、次第次第に薫と同性愛に目覚めて行ったのである。何しろ薫は武が苛めから助けてくれるし、女子生徒と違って何も揶揄しないし、むしろ自分の色白なことも女性的な性格も気に入ってくれるし、逆に自分は自分にない武の男気の有る所が気に入って遂には武のすべてが好きになってしまったのである。  これは香にとって由々しき事態である。選りによって私の兄が私の好きな人とボーイスラブに走ってしまうなんて・・・そんな思いから只々不幸になる香に対し、只々幸福になる薫。禍福は糾える縄の如し、思わぬ明暗の転換であった。  ずっと仲の良い兄妹関係にあっただけに何だか妻が最愛の夫の浮気を分かっていながら放っている有り得ない状態に陥っている、そんな感じがして香は何とかこのお馬鹿な状態を打破しなければと思うのだが、これから武が声も体も大人の女に成って行く香に魅力を感じるか、将又、大人の男に成って行く薫に魅力を感じるかにかかっていると言えるだろう。となると、武が大人の女に成って行く香に惹かれた場合、またもや明暗の転換となる訳だが、結果は如何になりますことやら・・・それは次回の講釈で、否、それはないです、擱筆。
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