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初体験
わたしは今、非常にドキドキしている……。
「──どうしたの? おなか空いてないの?」
目の前にいる彼が、ぜんぜん料理に手をつけない私を見つめ、優しげな声で尋ねてくる。
「……え? あ、いえ……なんだか緊張しちゃって……」
「…アハハハ…別に高級レストランでもなし、おかしな夜子さんだなあ」
我に返り、真っ赤な顔で俯きながら慌てて答えるわたしを、彼は屈託のない笑顔を浮かべて愉しげに笑った。
サラサラ髪に甘いマスクの、爽やかなカラーシャツ姿をした彼──金有大治は、若くしてIT系ベンチャー企業を立ち上げた起業家で、親は国会議員というサラブレッドだ。
そんな彼との初デート……これからすることを考えれば、それは緊張するなという方が無理というものだろう。
この日のため、わたしは密かに予備学習とシミュレーションを入念に積んできたのではあるが、いかんせん実践ははじめてなのである。
彼とは、派遣された彼の会社で出会った……。
代表取締役と一介の派遣社員との間柄ではあったが、どうやら気に入ってもらえたらしく、こうしてプライベートでも誘われるようになったのだ。
ま、社内では〝手が早い〟と評判の彼なので、きっとわたしだけではないのだろうが……。
ともかくも、わたしは今、彼と来たテーマパークのレストランにて、テーブル一つを挟んだ至近距離で面と向かって食事をしている。
彼の気を悪くさせないよう、わたしはようやくナイフとフォークを手にとるが、思わずいろいろと想像してしまい、肉汁たっぷりのハンバーグを切るその手は小刻みにカタカタと震えてしまう。
「せっかくのデートなんだしさ。今日は思いっきり楽しもうよ」
そう言って、また爽やかな笑顔を見せてくる彼だったが、わたしはやはり胸のドキドキをどうしても止めることができなかった。
男性とのデートも、いや、それ以前にこうしてテーマパークに来ることも、何もかもが初体験であるわたしはずっと緊張しっぱなしである。
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